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ジョーク・ネタ アーカイブ

2007年02月24日

アンパン係長























































































































































































































































































































ニセグルメ -マヨねぎ-

ここは仙台、私、ことワシ@部屋長の部屋。

部屋の片隅には大阪からわざわざ遊びに来た副部屋長・充君がいる。

我々 は海原○山と同じ髪型をしているくらいのグルメ家である、今日もグルメ談義に華を咲かせていた。



お茶を一口のみ、私はこんなことを言った、「ネギとマヨネーズ、この組み合わせこそ、グルメ界の奇跡だよ」。

ねぎとマヨネーズのマッチング、

それは意外そうで、実にぴったりなのだ。

ためしにねぎにマヨネーズをつけて食べてほしい。

きっとネギとマヨネーズの味がするはずである。



「では、奇跡を我々の手で再現しようではないか」、そんな話になった。

早速試してみようと思ったが、ネギしか家になかったのでスーパーへ。









我々の目的はただひとつ、マヨネーズを購入するだけだ。

そこでかごを手にとり、調味料コーナーへ。

案の定そこにマヨネーズがあった。

それを手にして、質を確かめ、かごへ――。



















我々が必要とする数をかごに入れ、レジへ行く。























客も、レジ打ちも、我々が購入しようとしている

マヨネーズの量に驚いてるようだ。

しかしここでひるんではいけない。

グルメの道は、長く険しいのである。

我々は重い荷物を持ち、帰路へついた。

そして早速料理を作った。

その名も、「マヨねぎ」。



























































ねぎマヨ・その実態










これがマヨねぎである。

なべに敷きつめたマヨネーズの白とネギの白が

美しく溶け合い、緑の穂先が希望を象徴しているようだ。

ネギの影がマヨネーズに掛かり、まるで時計のようだ。













 



マヨネーズがここまで美しいものだとは思わなかった。

まるで海のうねりのようであり、母の暖かい胎内のようでもある。



















そのあまりにありがたい姿に、

副部屋長は思わず泣き出してしまった。





しかしこれは食べるために作られたものだ、火をいれなくてはいけない。

我々は恐る恐る火をつけ、煮えるのを待った。

















  



やがてマヨネーズの表面があわ立ち、ネギの塔が倒壊する。

食べごろだ。





















副部屋長はおもむろにネギにかじりつく。

ちなみに、東北の農村では青い部分からマヨねぎを食べ、

五穀豊穣を祈るという伝統があるが、大阪人の彼は知らない。

私(部屋長)はそれを伝えるまもなく、彼はネギをのどに流し込む。

来年、東北は飢饉になるだろう。



























































マヨねぎ・食後











ここは近所のごみ置き場。

マヨねぎの入った土鍋はここに置かれた。

それが分相応に見えるのが不思議だ。

僕らに夢を与えてくれたマヨねぎ、君の事は忘れない。

ありがとう、そしてさようなら。

ニセグルメ -思い出のミソラーメン-

レシピ2・思い出のミソラーメン



マヨねぎは我々に新しい世界を見せてくれた、

しかし我々の心は満たされていなかった。

あふれんばかりのグルメに対する探究心は、

更なるレシピへの情熱を変わっていった。



足は自然、ダイエーへと向かった。















ミソだ、マヨネーズの次はミソしかない、

私は思った、アメリカの象徴たるマヨネーズから脱却し、

日本の心を取り戻すことこそ今の我々にとって必要なことなのだ。

酷く使命感を覚えた私は、副部屋長にミソを購入するよう嘆願した

(当時私の財布にはユニクロカードしか入っていなかったのだ)。

小一時間説得は続き、彼はようやく折れて、ミソを購入することを快く承諾した。























山のようなミソ、これだけ購入することは、

普通にアメリカにかぶれた生活をしてる人間にはありえないことだ。



我々は、日本の心を取り戻しつつあることを確信した、

そう、アイ・アム・ジャパニーズなのだ。





















それは喜ばしいことであるはずなのに、

レジに向かう副部屋長の背中はなぜか泣いていた。

ワシには理解できなかった、昨日マヨネーズを買うとき

レジの人に厳しい目で見られたのが、

まだ心に影を落としているのだろうか…。

最近流行のptsdというやつなのだろう、

一応心理学を学んでいる私はそう診断した。



その考えは間違ってはいなかった、

彼はミソ購入後そそくさと大阪に帰ってしまった、傷心を抱えたまま。

ああ、グルメ道は私一人で行わなければいけなくなった……、

次のレシピからは、大量購入ネタは使えない……(買うとき恥ずかしいからだ)。

























































思い出のミソラーメン・その実態











良い出来だ。

そこはかとなく、日本のワビ・サビが漂っている。

一瞬見ただけでは何か良く分からないところが実に良い。

そしてあらかじめ汚れることを予測して、

新聞を敷いていた自分に感心する。

なお、首をつっているように見える羊さんは、

飾りである、おしゃれ心というやつである。

ただ、食べるとき邪魔なのですぐにはずした。



















 



なんとも堂々たる姿である、ミソというものが

これほど美しい形になるとは思わなかった。

あたかも躍動する大地を表現した芸術作品のようであり、

古き良き日本の文化を惜しんでいる姿のようにも見える。

























cdと並べて大きさを比べてみても、

その圧倒的な存在感は薄らぐことを知らない。

これは…そう、日本の父親が失って久しい、

父性の尊厳を表現しているのだ。





ところでこれはミソラーメンではなかったのか、

と疑問に思われる方がいらっしゃられるかもしれない。

これはれっきとしたミソラーメンである、下の写真を見ていただきたい。



























メンとミソ、まさしくミソラーメンである。

汁気が無い点だけが、一般のミソラーメンと異なっている特徴である。





思い出のミソラーメン・よみがえる記憶

















































思い出のミソラーメン・よみがえる記憶



私は食べ進めるうちに(食べてる最中の写真が無いのが残念だ。

副部屋長が大阪に帰ったので、一人で撮影しているのである)、

箸が硬いものにあたった。



なんだ? 私は首をかしげて、それを取り出してみた。





















こ、これは…、先日なくしたつめ切りだ

必要なときにかぎってなくなるものの代名詞が、

ミソラーメンの中から出てくるとは…、

私は大自然の神秘に胸を打たれた。

あとでミソを取り払って、つめを切ろう。





さらに食べていくと、また硬いものにあたった。

今度は何だ?



























ああ…、これは…、一年前になくしたハートの9。

これが無くて大富豪で革命が起こせず、負けてしまったのだ。

そのときの悔しさがありありと思い出させる、

あとでミソを取り払って、トランプ占いをしよう。



どうやらこのミソラーメンは私の記憶とリンクしているようだ。

そう、これは思い出の品を何らかの理由から取り出せるようになった、

「思い出のミソラーメン」だったのだ!



再び食べ始めるとまた硬いものに…。

次は?



























ああ…、これは…、3年前、好きなあの子にあげて告白しようとして、

結局渡せなかったネックレス…。


そうだ、思い出した、私が告白しようとする前の晩、

電話が掛かってきて、何も言ってないのに「私に告白なんかしないでよ」、

と先にふられた曰くつきのネックレスだ…。

当時の酸っぱい思い出がよみがえってくる。

あとでミソを取り払って、別の女性にプレゼントしよう。



硬い。



























ああ…、これは…、

5年前、ジョン・レノンに傾倒してラブ&ピースを叫んでいた頃の日記だ。

こんなものまで出てくるとは思っていもいなかった、すごいミソラーメンだ。

ジョンに対するマイブームが終わる頃、読み返すのが恥ずかしくて捨てたはずだ。

内容は残念ながらミソにまみれて読めないが、

あの頃の熱い気持ちがふつふつと蘇ってきた。

あとでミソを取り払って、改めて捨てよう。



そろそろ麺も片付いてきたかな……、ん? まだ何かあるぞ。























ああ……、まさかのスーファミ。

これは山下くんに借りたまま、結局返せず終いだったものだ…

(山下君は不幸にも銃弾に倒れた…)。



そうか…、今日で山下くんの10周忌か…、

ミソラーメンは私にそれを伝えたかったのか…。

これで電源を入れたら、部屋に香ばしい味噌の香りが漂うだろう。

山下君は、僕に多くの思い出と、味噌まみれの記憶を与えてくれたのだ!



あとでミソを取り払って(漏電したら怖いので)、

山下くんが好きだったソリティアでもやろう…

(明日、仕事に使うデータは大丈夫であろうか・・・? ああ・・・) 。





こうして思い出のミソラーメンは、私に様々な思い出を与えてくれた。

思えば長く生きてきたものだ…、私は時として、

数々の思い出に支えられながら生きていることを忘れてしまう。

しかしそれは間違えである、私は一人で生きているのではない、

多くの人たちと、多くの物たちとの触れ合いを通して、ここまで生きてきたのだ。









ありがとう、思い出のミソラーメンよ。









思い出のミソラーメン・食後









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思い出のミソラーメン・食後











思い出のミソラーメンは、新たに誰かの思い出を

蘇えらせるために、旅に出ようとしている。

次は誰の元に行き、どんな思い出を与えるのか、

それは私の知る由ではない。

ありがとうミソラーメン、そしてさようなら。



※なお、しつこいようだが、これらの写真はすべて高度なcgによって作成された。

 現実世界で食べ物を粗末にしては、決していけないのである。

ここは近所のごみ置き場。

マヨねぎの入った土鍋はここに置かれた。

それが分相応に見えるのが不思議だ。

僕らに夢を与えてくれたマヨねぎ、君の事は忘れない。

ありがとう、そしてさようなら。

ニセグルメ -宝豆腐-

グルメ3・宝豆腐







宝豆腐とは何か。

それは宝の豆腐のことである。

といっても京都の幻の大豆を使った…、

とかそう言った高価さではない。

むしろ今回の登場する例では、

スーパーの端に「半額」というシールを張られていた、

熟成しすぎた安い豆腐である。

ではなぜそれを宝豆腐と呼べるのか、

それは下記を見ていただきたい――。

























あるところに、貧乏なカップルがいた。

今日の夕飯は、いつもの湯豆腐。

豆腐一丁をわけあって食べるのが彼らの日課だった――

それでも二人は幸せだった。

他に何もいらない、お金も、おいしい食べ物も。

相手がいてくれれば、それだけで良かった。























「アキ、先に食べていいよ」

孝雄は明子を先に食べるよう、うながした。

「ううん、タカが先に食べて。お仕事で疲れてるんだから」

明子は孝雄に譲ろうとしたが、今日の孝雄はちょっと変。

「い、いいから、先に食べなよ。あ、そうだ、あいつにメール送っとかなきゃ」

変ね? 明子はそわそわしている孝雄にちょっと疑問をもちながらも、

「うん、じゃあ煮えてきたし…」と、先に豆腐に箸を入れた――



















え? なに? これ?



























箸がつかんでいた物、それは指輪だった。

「ちょ、ちょっと…、タカ、何で豆腐からこんなものが…」

動揺して振り向き見た孝雄の目は、急に真剣みを帯びていた――。

「アキ、それ、俺が買ったんだ――」。

「え? え? どうしてこんな高価なもの…」

「タバコをやめて、ぽつぽつ、な。それで――」

孝雄は少し緊張しているようだった、

それを見ている明子の手はもっと緊張で震えていた。

「結婚してほしい」

















「え?」

「お前を守り続けたい。ずっと、いつまでも」

「孝雄さん……」

「つけてくれるかい? 指輪」

「うん……」























「ぴったり……」、指輪についた豆腐が少しぬるぬるしたが、

今の彼女には関係ない。

「良かった……」、孝雄は安堵の吐息をついた。





















「孝雄さん……。ありがとう……。本当に…ありがとう」、

明子の頬から、幾重もの雫がこぼれた、今夜の夕飯が、少しだけしょっぱくなった。

「うん」、孝雄が差し出した手に、明子はそっと自分の手を添えた。

その指にはもちろん輝く婚約指輪が…、

そして彼らの手は湯気のせいか、熱くほてっていた。

二人の手は、暖かい豆腐の香りに包まれた……。















――このように、宝豆腐は、一見貧相な豆腐に過ぎない。

しかしそれは、ある二人にとっては

どんな宝より大切なものを与えてくれるのだ……。

グルメとは舌だけで判断するものではない、

その食べ物が、人々にどんな幸福感を与えるかによってその価値が決まるのである。

この豆腐が、宝豆腐と呼ばれるゆえんを理解していただけたと思う。

あなたも、今夜の夕食に、ぜひ宝豆腐を。

大切なあの子への想いを込めて……。





















     ~happy end~

ニセグルメ -新世紀ヌカ漬け-

レシピ4・新世紀ぬか漬け



(2月21日・深夜)

実はこのサイトを開いて一週間目、

つまり今より3週間前に始めていた企画があった。

それがこの新世紀ぬか漬けである、

知人にナスを食べれない方がいて、

どうすればおいしくナスを食べていただけるかを考えた据え、

これを思いついた。





ぬか漬けについてはhttp://homepage1.nifty.com/pcpocket/に詳しいので、

詳細については見ていただきたい。





ぬか漬けは家庭でも簡単に漬けられる漬物の一種である。

ぬか床と呼ばれる「漬ける液」のようなものがある、

浅漬けならエバラの浅漬けの元にあたるものである。







次のような材料をバケツやツボに入れる



・米ぬか

・水

・塩

・粉和からし

・大豆

・昆布

・青梅

・さびた鉄鎖



他に発酵を進めるためにパンを入れる方もいらっしゃる。







ようは「良い腐敗物」に漬けて、味をしみこませた物をぬか漬けと考えてよい。





さて、そこで考えたのだが、「良い腐敗物」で漬ければぬか漬けなのである、

なにも「ぬか」で漬けなくても良いのではないか。

そこで今回のレシピが作られた。



新世紀ぬか漬け・その制作課程へ























































新世紀ぬか漬け・その製作過程





私が考案した独自のぬか漬けの材料は、次のとおりである。

























ずいぶん単純な材料である。

ナスにきゅうり、ぬか床を作るためのつぼ。

それから…

























納豆。

そう納豆である、ぬかで漬けた野菜があれだけおいしいのだから、

そのままでも十分旨い納豆を使えば、それはそれは旨い

ぬか漬けになるに違いない。























まずは納豆をツボに入れる。





















どんどん入れる。





















いつものようにしっかり混ぜて、糸を引かせる。

























野菜を埋める。























フタを閉めて完成。

あとは野菜がしっかり発酵するまで、

3週間ほど流しの下にでも置いておく。

実に楽しみだ――

と3週間前の私は考えていた。



3週間後・新世紀ぬか漬けを食す

















































新世紀ぬか漬け・食す



3週間たった――

いよいよ開封の時だ――





















お、なんだ? 

予想していたよりずっとまともな色合いじゃないか。

東北の冬は寒い、

流しの下も天然の冷蔵庫になるのだ。

あまり発酵はしてないかもしれない、

私は不安と期待とともにフタをあけた。





















あー、まずまず上手く漬かっている。

元気だったナス君がしっかりぶよんぶよんになっている。

どこからどう見てもぬか漬けである。

きゅうりはどうか?





















こちらも映像ではなかなか分からないが、

しっかり漬かっている。

なかなか侮れないなあ、新世紀ぬか漬け。

















切ってみた、案外旨そうである。

私が知っているぬか漬けと見た目は変わらない。

期待に胸を膨らまし、私は御飯をよそった。























ぬか床に使った納豆がもったいないので、御飯にかける。

なにぶん、量が多いので御飯を少なめによそった。























ああ……、まさに和。

日本人が忘れかけていた「本当の食事」が目の前に……。

一汁一菜、やんごとなき日本人の血を培ってきた、

和の食事を興じる歓びに、私はただむせび泣くのである。

なにも、ふたを開けた後、部屋に私の

大嫌いな納豆の匂いが充満しているからではない。





さて……、食べるか。

私は食べた。

一人で撮影しているので食べるシーンを

写せないのがなんとも残念である。

漬物の味の感想? ええと……、うん、納豆の味がしました。

ぬか漬けとはちょっと違うようでした。



それにしても…この床に使った納豆、どうしたものか?

私は納豆があまり好きではない上に、三週間放置してたからなあ…、

人にあげるか? それともちょろちょろ食べつづけるか…。



新世紀ぬか漬け・その後







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新世紀ぬか漬け・その後

















埋めました。

タイムカプセルと同じ感覚で。

次にこれが地上に現れるときは……、

そう、新世紀に違いない。

22世紀も人類が繁栄を極めていることを、

未来の子孫たちが和の心を忘れないことを祈りつつ、

私は土をかぶせた。

ありがとう、新世紀ぬか漬け。





















































*編集後記(ネタばれ?)

実はこの企画、やらなきゃ良かったなあ、と後悔している。

なんといっても今までのグルメに較べて実に作業が大変だった。

言うまでも無く納豆は粘る、ツボに納豆を入れたり、

野菜を出し入れする作業中、糸が粘って粘って……。

しかも本文でも書いてるとおり、私はあまり納豆が好きではない。

でも、例えcgであっても、食べ物に違いない、食すしかないのである。

色々工夫を加えた、海苔と小麦粉、

卵を混ぜてかき揚げ風に揚げたりもしたが、

匂いが一層きつくなり食べられたものではなかった。

写真自体は3日前にできていたのだが、

毎日納豆の日々にうんざりしてアップできなかった。

まったく、今度はもうちょっとまともな企画にしよう……。

ニセグルメ -今こそ牛肉を食べよう-

時事ネタ・今こそ肉を食べよう。





今、日本の食が揺れている。

その原因は、狂牛病や雪印の疑惑など、企業や行政の

一連の不祥事に尽きる。





牛丼の吉野家では、わざわざ「オーストラリア産の牛肉100%」とうたい、

国産の肉牛よりも紅毛人の肉のほうが安全、といった認識が

世に広がりつつある。






このままではいけない。

我々は、今こそわが国が誇るやわらかくておいしい牛肉を

食べなければならないのである。





私はすべての和国人民を代表して、

恐れることなく肉を食べることを決意したのである。







今こそ肉を食べよう・調理する























































今こそ肉を食べよう・調理編











ここに肉がある。

どこかの県で飼ってたと思われる、

どこかの卸業者が卸した肉である。











ただ、肉を食べるといっても、私も馬鹿ではない。

普通の調理方法で調理して食べるほど、命を粗末にはしない。

当然である、こんなに危ない肉を、まさかフライパンで焼いたくらい

で食べれるようになるとは思えない。

(どこの食肉業者も、正しい情報を流していないのが常識

となっているのである)







ではこの時代にあった調理法とは何か?





まず材料から紹介する。













材料自体は実にシンプルである。

・肉

・味付けようの醤油

・ペットボトル

・ガス



ガス、そう、ガスである。

狂牛病の菌だろうと、

さすがにガスの威力には勝てないはずである。



ん?ガスコンロも、ガスではないか?

そのような疑問をお持ちの方も居るかもしれないが、

これで正しいことは追々分かっていただけると思われる。





さて、早速調理の下準備である。











まず、ペットボトルに下味をつけた肉を入れる。



























次に、ボトル内にガスを注入。

(ヘアスプレーの上の部分を取って

携帯用ガスボンベの先につけると

入れやすい)。

























そしてフタをきっちり閉めて、導火線を垂らす。



これで下準備は完了である。







今こそ肉を食おう・着火、そして盛り付け

















































今こそ肉を食おう・着火、そして盛り付け。







良く晴れた日だった。

絶好の発破日和である。

うちの近所じゃまずい気がするので、学校に行く。















優しい私は偶然学校に来ていた後輩に

着火係の大役を任せた。

決して危険なことをしたくないためではない。



























ちりちりと導火線は上へと燃えていった。

後輩は火をつけた後即座に私の方へと

逃げてきた。

きっと私が親しまれる頼りがいのある先輩だからだろう。







そして――



















一瞬だった。

ペットボトルは火を噴いて、フタを天高く飛ばした。

いやあ、ずいぶん大きな音がするものだ。

多分世界中で料理をしながらこんな音を聞く人は、

まずいないだろう。























ほとぼりが冷めた後、我々は調理器具に近づいた。

調理を追えた後、器具は役目を終えたためか、

静に横たわっていた。

肉は…無事である。

案外ペットボトルというものは丈夫である。

本当はここでちりぢりになって終る予定だったが、

ちょっとした誤算である、こうなったら盛り付けるしかない。



























ボトルを半分にすると、とたんにあのガスの嫌なにおいが

鼻を突いた。

肉は上部だけ焼けているようだった、いわゆるレアというやつだ。

これを取り出し、野菜を沿えて出来上がり。















なかなか旨そうである。

生焼けの肉の血のにおいと、

ガスの(正確に言うとガスに混ぜられた香料の)

おぞましいにおいが相まって、何ともいえない

予感を漂わせている。





さて…食べるか…。





今こそ肉を食おう・その後









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今こそ肉を食べよう・その後











はい、きちんと食べました。

今のところ腹痛などは無いので、

この方法なら安心して食べられます。

みなさんも、今こそ肉を食べよう。

ニセグルメ -野生動物の丸焼き-

レシピ6・野生動物の丸焼き











料理の王道とは何か?

それは「丸焼き」である。





中国には北京ダックと呼ばれる料理があり、アヒルを丸のまま

調理し、皮だけパオに包んでさっくり食べる調理がある。

西欧では七面鳥の丸焼きがあり、アラスカでは焼かないものの

トドやアザラシを丸ごと使う料理がある。

日本で丸焼きというと、各種姿焼きを思い浮かべられる。



世界中で見られる豪快な丸焼き。

繊細さは無いものの、その野趣にとんだ味わいは、

人食い人種世界各国で愛されている。







今回のグルメは、その丸焼きに挑戦してみたい。

というわけで、まずは材料から探さねばならない。

ただ、慢性貧乏性の私に、肉塊を購入するお金などない。







そこで私は、野生動物を捕まえることにした。







近所の学校に赴き、動物捕獲作戦に打ってでることとなった。



動物を捕らえる仕掛けは日本の伝統にのっとって作成した。





































まさに古式ゆかしい狩猟方法である。

これで野生の動物を得たも同然である。















さてしばらく暇なのでローソンに行き、カラアゲ君(red)を買い、

野生動物を誘い込むための餌とした。

カラアゲ君の旨そうなにおいにつられて、動物達がのこのこ寄って来るに

違いない。





果たしてうまく野生動物はかかるのであろうか?

































































見事、野生の動物を捕まえた。

下半身が変わった毛皮で覆われているが、食えないこともなさそうだ。















早速調理にうつった。

なんといっても丸焼きは、その名の通り丸に焼くだけなのでいたってシンプルな調理法ですむ。



学校で狩をおこなったので、調理道具は校庭にあるものを使わせてもらった。

























































動物を鉄棒に縛り、下から火をたく。

これだけで十分旨い丸焼きになるはずだ。





あたり一面、肉と毛皮が燃えるよい匂いが立ち込めた。

私は念仏を唱え、警察が駆けつけてこないかびくびくしながら、カラアゲ君の残りを食べながら、丸焼きの完成を待った。









丸焼き、ついに完成。









































丸焼き、ついに完成





















何がどう化学変化したのかよく分からないが、姿形を大きく変え、野生動物は旨い具合に焼きあがった。





こうして豚の丸焼きは大成功のうちに幕を閉じようとしているあった。

さて、どうやって片付ければ良いんだろう?



野生動物の丸焼き・後日談








































野生動物の丸焼き・後日談















ここはとある飲み屋。

私は今回撮影に使った動物に食事を与えていた。

飯を食わせるという条件で、参加を許諾してもらっていたからだ。





そのくいっぷりは、まさに野生動物そのものだった。

数ある肉類、魚類、飲み物が野生動物の胃袋へと納まっていった。





食事後、勘定をみておどろいた。

普通に豚か何か1頭丸ごと買って焼いた方が安くついた。

私は軽くなった財布を懐にしまい、隣にいる肥え太った動物の腹を恨めしくみるばかりであった。





野生動物の丸焼き・大失敗。




ザ・復讐 -決起編-

うちの部屋は確かにボロだ。

5畳一間、月3万円、築20年なのだからあれやこれやと文句は言わない。

天井や壁の厚さは2cmほどだから、つまようじで刺せば隣人の背中を攻撃できる。

それほどおんぼろアパートなのである。

しかしだ、二階の住民の横暴はあんまりである、騒音を通り過ぎている。

僕の穏やかで楽しい貧乏ライフを、やつらはことごとくブチ壊すのである。

やつらは同棲中のカップルのようだ、薄い天井を筒抜けで色んな騒ぎ声が聞こえてくる。

そして豚どもは何かと暴れる、夜中に平気で掃除をする、昼間に平気でじゃれあう、時に歌まで歌いだすし、女のほうは変なくしゃみをする。







写真を見ていただきたい。







天井はやつらのダンスダンスレボリューションで剥がれ落ちかけている。

次を見ていただきたい。







壁紙がはがれかけている、何度も糊付けしたが、やつらが何かをしだすたびにがちゃんがちゃんと壁がゆれ、そして剥がれるのである。



こんなことが許されていいのだろうか?

僕はただ静かに余生を送りたいだけなのだ、それさえ与えてくれないやつらは人間ではない。

よって、ワシはここに、復讐を宣言するのである、やつらをぎゃふんと言わせ、絶対謝らせてやる。

ザ・復讐 -奮闘編1-

奮闘編・1



しかし日ごろ復讐などしたことが無い僕。

一体どんな方法で復讐すればよいのか…。

悩んだ挙句、とりあえず相手に害を与えることをしようと決めた。







とりあえずドライヤーだ。

ドライヤーの強烈な熱をかけ続ける、すると天井は熱くなる→二階のアホどもの足も熱くなる→立つ場所が無くなる→僕に今までの無礼を謝る。

完璧すぎる、自分でもびっくりした、僕にこんなどす黒い一面があるとは思いもよらなかった。

ドライヤーをホットにして、最高の熱を天井にかけ続けること10分。







疲れた。

バンテリンをぬっても、僕の衰えた筋肉はほぐれない。

陳たちはなぜこの薬にあんなに感謝してるのか分からない。



次の方法を考えよう。

熱は伝わりにくい、今度は匂いでいこう。







ファブリーズを吹きかける、ライムの匂いが二階へ充満する→ライム嫌いなやつらはほとほと参る→僕に土下座する。

すばらしい、僕はなんでこんなに簡単に復讐方法を考え付くのだろう、自分が敵でなくて良かったと思う。



霧状の良い香りを天井に吹きかけるとこ数十回、僕の部屋はさわやかな空気に満ちた。

それだけだった、やつらは相変わらずうるさい。



だめだ、このままではだめだ、もっと的確な方法を考えなくては。

そこで考えた、逆の発想でいこう、あいつらに害を与えようと思うからますます付け上がるのだ。

小学生とかそんなのが多い、やめてよ!というから女の子の髪の毛を引っ張る、あいつらは小学生並なのだ。

そこで思い付いた、そうだ、あえて応援しよう。







「頑張れ、二階!」僕は声をあげ、熱心に応援した。

ダイエーのメガホンがこんなときに役立つとは思わなかった。

僕に応援されたやつらは→興ざめする→我に帰る→僕に服従する

そう、応援するというガンジーにも勝る無抵抗主義(こんな言葉、大学に入って初めて口にした)を貫いたのだ。



応援すること10分。

だめだ、やつらの叫び声はますますでかくなるばかりだ…。



こうして僕の復讐計画第一陣はもろくも崩れた。

まあこれは肩ならしだ。

次からは、容赦しない、畳み掛けるような復讐の波状攻撃が待っている。

ザ・復讐 -奮闘編・2-

奮闘編・2



第一陣は失敗に終った。

僕は悔しかった、あれだけ努力しても、二階のやつらはまるで騒ぎをやめようとしない。

それどころか昨日など、ギャーギャー別れ話をしやがる。

もう別れちまえ、と思ってたら今日はすっかり仲良くなったらしく、浜崎あゆみなんぞを歌っている。

ゆるさん。

僕は次なる作戦を考えた。



















今回はいぶすことにした。

煙が湧く→二階へ流れる→煙にいぶされたやつらは煙たがる→僕に土下座する。

相変らずの見事な作戦である。

さっそく100円ショップで買ってきた安鍋に炭を入れ(うちは常時炭がある、なぜだ?)、コンロに火をかける。

室内で炭を焚く必要のある方は覚えておいた方が良いが、着火材などでちんたら火を熾すよりこのやり方のほうが手っ取り早く火がつく。

やがて炭は煌煌と燃え始めた。













魚も特別に「半額」になったやつを5日熟成させた。

つまり半腐り魚である、これで煙に一層毒性が混じる(単純に5日、この企画をやるのを忘れていただけなのだが…)。



















さて、炭にしっかり火がついたので、キッチンから部屋へと鍋を移す。

すぐに部屋中を煙が埋め尽くした。

鍋の向こうにある我直筆油絵が悲しくぼやける。















↑どっちの料理ショーを見ていたが、何を作っているのかさっぱり見えない。

今日はどっちなのだ?

















だんだんと魚が「魚だったもの」に変わっていった。

*何度も何度もしつこくて申し訳ないのだが、当ホームページに出てきた食品はすべて高度なcgである。本当の食品を玩具にすることは、食べ物を粗末にするようなものである、良い子は絶対にしてはいけない、と昔母に聞いた事がある。

















ここは…どこだ……?

だんだん空気が薄くなってきた…。

私は薄れゆく意識の中で、あることに気がついた。

そうか…二階に行く煙より、発生源のこの部屋のほうが…もっと濃い煙が……。

失敗だ…、まだ死にたくなかった僕は、この作戦を断念し、ついに窓を開けてしまった。

このとき吸った空気ほど、旨い空気を僕は知らない。

















ただ、cgとはいえ、食べ物を粗末にしてはいけない。

そこで僕は、一応グルメサイトの威信にかけて、旨そうに見える努力をした。

















どうだろう? ちょっとしたフレンチのような姿ではなかろうか?

うむ、意外と旨いかもしれない…。

僕はフォークとナイフを手にとり、一口食べてみた…。

まずい、当然だ、腐っている上にこげているのだ。

煙とともに旨みは全部空気になった、海原なんちゃらに見られたら大激昂を食らいそうで恐ろしい。

*このコーナーはあくまでも「ザ・復讐」なので食べ物のその後は書かない。

関係ないが、明日はゴミの日で良かった。





こうして僕の奮闘編2部は静に幕を閉じようとしていた…。

ザ・復讐 -奮闘編・3-

奮闘編・3





すべての手が無駄に終わり、僕は一端復讐を諦めた。

しかし、リハビリ期間を経て家に戻ってくると、やはりうるさい二階のやつら。

駄目だ、一端許容しようとしていた自分が情けない。

もう、手加減はよそう、こうなったら、死を覚悟してでもやつらをぎゃふんと言わせてやる。









さて、今回の方法とは?



我が家には一つ、面白いプラカードがある。

それがこれである。



































自分でもどこでこんなものを手に入れたのか

良く分からないのだが、とにかく押入れの中にあった。

そう、今回はこれを使って復讐しようと思う。









その方法とは実に画期的で、自分でも恐ろしくなる。

まずこのプラカードをもって二階に行く。

そして、





























のように、くそったれの二階住人宅のドアに貼る。

するとどうなるか?





























遠くから見ても、あの黄色いプラカードは目立つ。

どこからどう見てもあの部屋は「3年2組」である。

すると本当の3年2組の子供達は登校中、

「あれ?ここが今度から教室かあ」

と勘違いし、この部屋にどしどし入っていくだろう。

そうなればやつらはイヤがオウにも授業をしなくてはならず、

またガキどもに「先生、彼女いるんすか~」とか、お決まりの

質問で答えに窮したりするのである。



すばらしい、余りにもすばらしい復讐方法だ。

子供の心理を付いた、絶妙の方法である。

我ながら、この洞察力に恐れおののく。

これで高いびきをして寝れるというものだ。















ところが数日たった現在、まだ二階の連中はうるさい。

おかしい、もはや子供達の廃墟になっていて然るべきなのに…。

そこで私はおそるおそる二階へと向かった。



ん?おかしいぞ?



















貼っていたはずのプラカードがなくなっている。

その代わりに何か張り紙がある。

なになに…































しまった…

こんな回避方法があったとは…

私はその場で打ち崩れた。

ああ…、完璧かと思われたこの方法が、

こうもあっけなく敗れるとは…。



出直しである。

復讐の死闘編はこうして第一幕を終えたのである。

……ところで、あのプラカード、どこにいったんだ?

ニセオークション -ありがちなくつろぎ-




会社から帰り、ひと風呂浴びる。気持ちよく出てくると
ちゃぶ台にビールとつまみが。ナイターを見ながら一杯、
最高ですね。そんなくつろぎを、あなたもひとついかが
ですか? ただしランニングシャツとガラパン(トランクス
不可)、そしてトクホンの似合う人に限らせていただきます。

ニセオークション -うっかり-



街をうろうろしてると雨が…。あ、洗濯物を取り
込んでない! 留守番はカツオだけだし、失敗
だわ~。といったうっかりミスってありますよね。
でもうっかりの無い人生なんて、頬の無い
宍戸錠のように味気ないですよ。これを購入して、
ぜひうっかりしてください。

ニセオークション -森を守ろうとする気持ち-



「森は僕らに無くてはならないものなんだ!」
という強い心構えで森を守る、そんな人になり
ませんか? この商品を買っていただければ
割り箸も使えない体になりますよ。ノンクレーム
ノンリターン(笑)でお願いします。

ニセオークション -ワタクシの夢-



ささやかな夢です。ただきれいな女性に、手取り足取り
ゴルフを教えたいだけでなんです。でももう諦めます、
だってわたくしはアイアンとドライバの差も分からない
から…。だれかこの夢を引き継いでくれる方、いませんか?
関連用語・ゴルフ、セクハラ、堺正章、みのもんた

ニセオークション -忘れられない過去-



う、う~む……、がばっ、はあはあ、夢か…。なんて経験を
したことは誰にでも一度はあるはずです。忘れられない
過去が自分を束縛してるのって、不愉快ですよね。でも
酸っぱい思い出こそ、今のあなたを作っていると思いま
せんか? 当商品をご購入いただくと、いつでもあの頃の
自分、体育倉庫の裏でラブレターを破られたことなどを
思い出せますよ。きっとそれは、あなたをもっと素敵に
するでしょう。ノンクレームノンリターンでお願いします。

ニセオークション -うなぎ-



というあだ名を売ります。「川に帰れ」「ぬるぬるするな」と
ヤジられて10数年、もうこんなあだ名は嫌です。この名
が売れたあかつきには、東京に出てホストになり、女性
に囲まれる生活を送ってみたいです。ノンクレームノン
リターンでお願いします。

ニセオークション -童心-



何でも新鮮だったあの頃、今思うとくだらない事で泣いたり、
笑ったりしたものです。でも、童心って大切ですよね、良く
女性へのアンケートで「子供心を忘れない人」がステキと
答えます。そうです、童心さえあればモテモテなのです。
この童心をお買い上げいただくと、今まで感じたことの
無い女性の視線が、あなたに降り注がれるはずです。
ノンクレームノンリターンでお願いします。

ニセオークション -逆オークション・勇気-



初めての舞台って緊張します。まくらを忘れたらどうしよ
うとか、受けなかったらどうしようとか…。そんなことを想
像すると足がすくんじゃって…。誰かこんな僕に勇気を
売って下さい、立派な落語家になったら、出世払いし
ますから…。
まくら…本題に入る前の前振り。噺手の自由度が利く

ニセオークション -うれしはずかし-



ああ、こんな気分は初めてじゃわい……。
ボランチアで来とる女人が……、ワシの……、
用を達するのを手伝ってくれとる……。
うれしいような、恥ずかしいような…ああ、
生きてて良かったわい……。
こんな経験、ワシだけで独占するのは
もったいない。誰か、やってみんか? 
使用上の注意・購入後、お客様のお手元
についたとき、ボケた振りをしないと自分で
トイレに行かされる場合が御座います。

ニセオークション -理不尽-



……この手のクイズって、片一方は平地じゃなきゃいけ
ないんじゃないの? なんだ? 番組制作者はそもそも
俺を次のステージに進める気がなかったのか? こんなの、
おかしいぞ。こんな理不尽なことなんて、俺はもう要らない。
だから誰か買ってくれる人、いたら売ります。購入すると、
ハワイのOXクイズ以上は進めなくなるけど…、世の中、
ほとんど理不尽なことばかりだし…。
(ウルトラクイズを知らない人は、まずそれを調べてから
入札してください。それから理不尽の意味を知らない
小中学生の方は、テストにでるからきちんと勉強しましょう)

過去画像 -ちょんまげ-

昔描いたちょんまげ画像です。






















2007年02月26日

全国未亡人連合-第一章・初めに-

なぜ今、未亡人なのか?
それに対しある未亡人マニアはこう答えた、「そこに未亡人がいるからだ」。
理屈ではない何かが、我々を未亡人へと誘う。

未亡人は多くの謎を含んでいる。
そして時にその謎は、われわれの心の琴線を動かす。
なぜ再婚しないのか? 寂しくないのか? 死んだ旦那はどんな人か…。
夜、そんなことを考え、暗い部屋から見える満月に彼女の面影を重ねる。
なんて罪深い存在であろうか。
そのような未亡人好きのための、未亡人好きのよる、未亡人のためのコーナーである。

ここに歴史的に名高い「未亡人三大宣言」の冒頭句を紹介し、開催の挨拶と代えたい。


一、未亡人は心の故郷である

一、未亡人は心の恋人である

一、未亡人を愛すことは、失恋を愛すことと知り、
別離をその最大の歓びと知れ。

全国未亡人連合-第二章・未亡人の分類学-

さて、ここから本論にはいる。



未亡人には様々な種類が存在することはあまり知られていない。

我々はそのような、無秩序な未亡人の乱立を防ぐために分類を試みることにした。



まず知っていただきたいことに、未亡人の価値は大きく3つの条件で変化する。

熟成期間死んだ旦那、そして適正である。
熟成期間を説明するのはなかなか難しい。

まずはグラフを見ていただきたい。







見ていただければご理解いただけると思うが、
未亡人はその発生時期から

5年までに急速にその価値を高める。

それは未亡人であり続けることの苦悩(再婚せずに)、死んだ旦那への感情的なしこり、その他さまざまな心理的な不安を抱えながら年月を送ることで生じる
熟成が、人間的価値を高め、彼女に怪しげな魅力を与える。

つまり高い心の壁があるからこそ、我々はその奥にある真の感情を見たくなるのである。

しかい5年を境に未亡人の(初歩的な未亡人好きの男性が感じる)魅力は急速に失われる。

それは5年もたったのにまるで虫がつかないというのは、
熟成しすぎて腐敗期にさしかかってるのではあるまいかという疑問が生じるからである。

ただでも手がつきやすい未亡人と言う存在に、まるで男がつかないのは何らかの問題を抱えていることの証拠でもあり、またそこまで前の旦那に操を立てる未亡人に手を出すと、地獄のそこまで追い掛け回される可能性を秘めている点も、
適正熟成期後未亡人の価値を下げる一因となっている。

よって単純な分類とその価値は下記のようになる。



早期未亡人(ボジョレー)<適正熟成期未亡人>適正熟成期後未亡人(腐敗期未亡人)





死んだ旦那もまた未亡人を分類する上で重要な要素となる。

ここでは旦那の職業による分類を試みたい。



船乗りの妻……毎日港に来ては水平線の向こうを眺め涙する。旦那は腕にイカリのマークがついていれば最上級。ほうれん草を食べると筋肉が隆起するタイプの船乗りの妻は案外すぐ違う男につくというデータもある(特にひげもじゃのニヒルタイプの男に弱い)。

外資系証券会社員の妻……披露宴、もしくは初夜に旦那がアフリカ出張を命じられ、飛行機事故でアフリカあたりで消息を絶ち、そのまま行方不明になるのが最良。まだ生きているという可能性が大変よい。このような未亡人と恋に落ちると、案の定ひょっこり旦那が帰ってきたりしてすばらしい三角関係になる(これを学会では死のドリカム状態と言って珍重する)。

チーマーの妻……一見問題外に見えるが、生活力の無さ、浮気癖の度合いは最強。今日も旦那の実家から借りた金で渋谷へ。ナンパ待ちで次なる犠牲者を待つ。未亡人初心者がよくかかる。上級者になると歯の色でいち早く正体を見破る。ちなみに未亡人学会で極少数派の子持ち未亡人優良説を説く一派がこの未亡人に一目置いている理由は、ご想像に任せる。

定食屋・ラーメン屋の妻……厳密に言えば外食産業でもフランチャイズか個人経営か、西洋料理か和食か、ビルのテナントか一軒家かで大きく異なってくる。ただそうなると辞書1冊分書いても間に合わない可能性があるので、比較的未亡人率の高い定食屋とラーメン屋を書く。彼女等はチーマーの逆と言ってよい、つまり生活力があり(店をきりもりする、旦那の両親の世話を甲斐甲斐しくする等)、再婚率が低い。再婚率については、息子との密着力の強さが影響しているようだ。彼が一人前になり店をついでくれるまで、彼女はこつこつ貯金をため、死んだ旦那の作ったダシを注ぎ足し注ぎ足し使うのである。ちなみに、コアな未亡人マニアは「大事に育てた息子が店を継がずに東京に行ってしまい、悲しみに打ちひしがれている未亡人の背中に勝るものはない」などと言うが、著者には理解できない。

旅館の妻……定食屋・ラーメン屋に近い傾向をもつ未亡人が多い。ただ、場所が場所だけに風流な方向の色恋沙汰になる場合も多い。予感があるならば紅葉のきれいな時期に小奇麗な河原に誘い出してみると良い。未亡人はモミジを一枚つまんで川に流す、葉はするすると下流に流れる、それを見て彼女が言う「あの葉は私のよう、ずっと、一人のまま、漂いつづけるのだわ」。そこであなたはモミジを2枚拾い上げて言うのだ「モミジは1枚じゃない、もっときれいな葉が一杯有るんだ。あなたはそれを見ようとしてないだけだ」と。このような風流な未亡人についての研究は「大菩薩峠」に詳しい。



とりあえずは旦那についてはここまでにしよう。

最後に
適正について。

適正と一口に言っても、そんなに浅いものではない。

彼女の生い立ち、中学高校は女子高だったか、初恋の男性は担任教師だったか、旦那と出会ったのは雨降る夜の喫茶店の軒先だったか、旦那は年上か年下か。

適正は彼女の人生そのものとも言える。

誰が未亡人になるのも、拒むべきものではないのだろうが、より良い未亡人と接触するためにはそのように多くの事例を含めて良し悪しを判断しなくてはならない。

未亡人嗜好家は、何も容姿だけに動かされるのではない、彼女の背景にある様々なものを総合して、未亡人たるその女性に興味を持つのである。

小奇麗なチーマー妻に引っ掛かるような初歩的な(性欲や色欲だけに突き動かされる)未亡人好きを、学会では軽蔑を込めて
白こんにゃく男と呼ぶ。本物は、ぶつぶつと黒くとも、しっかりとした旨みをたたえたこんにゃくなのである。

全国未亡人連合-第三章・良い未亡人とは-

さてこの章では、より具体的に未亡人の良し悪しについて書いていきたい。



その前に学会が認知する、未亡人嗜好の差から生まれた各々の派閥について書き改めておきたい。

彼らの嗜好により、「良い未亡人」の定義は変わってくるからだ。

すべての派閥にとって最良の未亡人を発見することが当連合の目的であるわけだから、必然的に全体の嗜好を知る必要がある。

子持ち未亡人優良説推奨派……基本的に未亡人は清らかさと艶かしさの間を揺れ動き、そこのぬるりとした魅力を味わうものである。しかし彼らはその意見にあえて反旗を翻し、「未亡人と子と自身の三分立によって生じるベクトル係数の拙攻にこそ魅力があるのだ」と声高らかに訴える。もちろん子どもに「おじさ……、お、お父さん」と呼ばせる快楽を否定はしない。しかし子どものいる未亡人の持つ「生活の保護」を求める姿勢は、未亡人が持つべき恋愛に対する絶対値的衝動(前の旦那への操と、新しい相手との間に生まれる、解決することのない永遠的な命題が生み出すダイナミックなエネルギーこそ、未亡人の最大の魅力なのだ)が損なわれる可能性が否めない。もちろん物事は一長一短である、必ずしも彼らの意見が間違えているとはいえない、未亡人研究は奥が深いのである。

白こんにゃく派……へたれ集団である。未亡人の本当の風流さを解せない、下等な嗜好家集団である。彼らは性欲・色欲に任せ、未亡人との気の長い精神的交流の価値を見出せず、ただそこらへんにいるアーパー姉ちゃんと同じ感覚で未亡人と接触し、すぐ深い関係になろうと試みる。この派閥が案外多いことに、未亡人学会が日の目を見ない一つの理由のように思える。主に高校生から大学生あたりに多い。高校生は近所の暇な未亡人にかどわかされるパターンが多く(また、捨てられる時しつこいのも彼らである)、大学生は伝統的に家庭教師や剪定で家を訪問した際、関係をもつパターンが大部分である。

有閑倶楽部……元々財力のある男はこの派閥になる場合が多い。未亡人を含め、一種のサロンを形成し、青山かどこかのオープンカフェあたりでガーデニングや旨いイタリア料理屋の話をしたりする。未亡人はゴールデンレトリバーを所有している場合が多く、オープンカフェの椅子の足に紐を巻きつけ、話に更け込む。男はマセラティを店に横付けし、いつでも発進できるようにしている。双方裕福で、経験も豊かなためか余裕を持ってやり取り(攻防)を楽しむ。趣味の良い未亡人嗜好といえるが、著者は特に理由ないのに忌み嫌ってたりする。

めぞん一刻派……まさに未亡人好きのバイブルたる良書、「
めぞん一刻」の影響で未亡人好きになった一派。彼らは故意に浪人し、安下宿を探し、美人で優しい管理人とあれやこれや…という妄想をもって東京にでてくるが、現実にあのような理想像を結集させたような未亡人はいないし、いてもとっくに虫がついているのがオチである。一刻派はある意味けなげで哀れなのだが、彼らの願いも良く分かる。音無響子という名は未亡人界に輝くある種の象徴であり、神なのである。

全未連……当学会である。基本的にすべてを受け入れ、あらゆる意味で完全な未亡人を探求しつづける派閥である(もちろんそのような未亡人が存在するとは思っていないが。捜し求めることに価値がある)。まだ少人数の学会であるが、地道に作業を続けている次第である。



このように、一口に未亡人好きと言っても、その嗜好は実に多岐にわたる。

よって人により、良い未亡人像は違ってくる。

しかし基礎的な部分では、一致した意見をもってる部分も多い。

例えば未亡人とは、端的に言えば「旦那と死に別れた妻」のことである。

つまり「前に必ず旦那がいた」ということである、そのため旦那の性質で未亡人嗜好もかなり狭める事ができる。

例えば旦那がものすごく好色な人間で夜な夜な未亡人と、といった感を持った人であれば、多くの未亡人嗜好家たちが眉を曇らせる。

それは未亡人に比較されるべきは、こちら側の性格であるべきという基本的な概念を、ややもすると壊しかねないからである。

あくまでも「その人個人の存在感」が必要とされるべきなのである。



また、前章でも触れたが、
熟成具合というのも、重要な判断材料である。

ただ、一般的に5年をメドに考えられる熟成具合だが、通に成ればなるほど時間の経過をより楽しむようになる。

故に熟成期間も格段に上昇する。

未亡人には常に新しい交際相手の影なり予感なりが付きまとう、それは早く過去の傷を癒してほしいことや、配偶者がいる喜びを知っていること、新しい一歩を踏み出したいなどの欲求があるからである。

そのような危うい状態の未亡人は、大きな感情の揺れをもたらす相手が見つかれば、一気にそちらに傾いてしまうかもしれない。

そのような危険をあえて承知しながら、付かず離れずの微妙な状態を続けることは、上級者ならではの高等かつ風雅な楽しみ方である(その状態を学会では「
勝負パンツは今日も無駄」とよぶらしい)。

ただこれはどこで仕掛けるか、見極めが大変難しく、素人にはお勧めできない、未亡人をよく知りぬいた人間のみが楽しめるやりかたなのである。

一般的にはやはり5年前後を良い未亡人と考えて間違いないだろう。



良い未亡人のひとつのモデルケースを挙げてみようと思う。

「私が風呂に入っていると戸が開き、和服をたぐり襷がけした女性が入ってきた

彼女と私は互いに一人、配偶者を持った事がある。

そしてお互い、その最愛の相手を失った経験を持っている。

まだ、籍は入れていない、まだ、心にしこりが残っているのだ、お互いに。

『お背中お流ししますわ』彼女は言った、もうずいぶん長い付き合いだが、この口調はいつまでも変わらない。

『ああ、頼む』私はタオルを腰に巻き、タイルの上に座った。

彼女が背中を洗う、すっすっという音を聞いていると、自然心が和んだ、やはり、そばに親しい女性がいるのは良いことだ。

すると彼女が、私の心を読むように背中に頬を寄せてきた、彼女の頬の熱が私の背中を小さく揺らした。

『濡れるよ』というと、くすりと笑い、彼女は言った、『あなたの背中、大きい……』

私たちは暫らく、そのような格好でじっとしていた、清らかな時間を少しでも共有できるように……」

これは一つの理想を表しているだろう。

もちろんこれが最良とはいえない、我々の探求は未来永劫続くのである。

全国未亡人連合-第4章・即席未亡人-

即席未亡人を語る前に一つ確認したいのだが、あなたは未亡人の生息域をご存知だろうか?



気候的な生息条件を述べると、我々一般人と大きな差は無い。

俗に未亡人は
冬が似合う九十九里浜でトレンチコートでも着ているのがベストだ、と考える人も多く居ると思われるがそれは「不倫」やら「逃避行」「別れ」という、未亡人に付きまといがちな付属的なマテリアルによって与えられた誤ったイメージである。

実際には未亡人は、
南は沖鳥島から、北は宗男ハウス付近まで、実に広い範囲に生息しているのである。

つまり未亡人の生息条件として、「
寒暖の差」は全く問題ではなく、沖縄で島唄を歌っている半袖の未亡人も存在することを知っておいて頂きたい。

とはいえ、未亡人も人間である限り、「
酸素が無いところ」「気圧が必要以上に高いところ」「衣食住に事欠くところ」には生息していないことも自明の理であり、富士山の火山河口部をのぞきこんでも、断じて未亡人には会えない。

やはり適度な気温と気圧、湿度、それから食べ物(ただし旦那が死んでから5日までは食料的なものはむしろ不必要である。ハンケチさえあれば良いのである)がある場所こそ、未亡人の生息域として相応しい。



では、効率よく未亡人に会う為にはどの地域を探せばよいのだろうか。

例えば
猿に会いたければ森へ蝶々を見たければ菜の花畑へ白い帽子とワンピースを着てお母さんの誕生日に贈る草の冠を一生懸命作っている無垢な少女に会いたければクローバーの咲く高原へ、といったように物事にはある程度規則が存在する。

未亡人の生息域についても同様に、そのようなパターンが確かにある。

俗に「
未亡人三大生息域」と呼ばれている場所、つまり「京都」「金沢」「秋田」がそれである。

ただ、前者「京都」「金沢」は未亡人だが、「秋田」の場合は後家さんと呼ぶことを忘れてはならない。



この三大生息域に行けば確かに未亡人に会う確立は高い。

しかしいかなる条件時にでも合えるわけではないことは、菜の花やクローバーがいつでも咲いているわけではないことを考えても当然の事実である。

例えば京都の場合、
時期は夏が見頃であり、大文字祭りが行われる頃、浴衣を着て髪を結上げ、屋台舟でうちわを優雅に仰いでいる流し目の女性が居れば、それが未亡人である。

冬の京都に行っても、屋台舟に乗る人間はいるはずもなく、シーズンオフになると京都人はとたんに外者に冷たくなるので、未亡人探求のために各地を浮浪している研究家の皆様は、時期を心得た上で京都入りしていただきたい。

また、金沢では逆に
未亡人前線が北上する冬が未亡人・本番となる。

朱に塗られた橋の上で唐傘をさし、丹前に積った雪も気にせず川に張った氷を見ている、空気と同化して今にも消えて無くなりそうな薄い表情の女性が居れば、それが未亡人である。

これら二箇所の未亡人は、状況や雰囲気、精神的な交流を楽しむ属性を持っている場合が多いので、声のかけ方などには重々注意したい(詳しくは次項・作法にて紹介)。



では秋田はどうか?

秋田は年中未亡人、もとい後家さんが存在する。

例えばあなたが秋田のとある農村を尋ねたとする、向こうから歩いてきた頬かむりをしたおばあさんにこう尋ねる、「
後家さんを探しているのですが……」。

そういったら最後、あなたは何時間もおばあさんの下世話話を聞かされることになる、「
山田さんちのあの嫁さんね、ずうずうしいったらありゃしない。旦那さんが死んで、仕事もなんもしてないのに、あんた、まだ婿さんの家に居座って、まあ、よそ者のくせに。ああだ、こうだ……」。

もちろんそのように邪魔者扱いされる後家さんばかりではなく、旦那が死んだ後もこの寂れた農村にいつまでも居てくれて……、と感謝されている後家さんもいる。

そしてどちらの場合でも大抵、
後家探しをしているあなたの存在は歓ばれる。

農村はなんにせよ働き手を欲している、血族・地縁を重んじてばかりいては農村が朽ち果てることを彼らは十分理解しているので、嫁の新しい旦那でもなんでも、とにかく男手を得たいのである。

そのようなわけで、秋田の後家さんは他地域に較べると自然、新しい縁を強く求める傾向がついており、その結果献身的で思いやりのある人が多い(タダでさえ、旦那の実家の田舎まで嫁に来てくれた人なのだから、当然といえば当然なのだが……)。

そのような秋田後家の特性を、民俗学者である
柳田国生氏は著書・「未亡人永代記」にこう記している。

「(前略)上記のように、秋田という特性が、未亡人という存在に独特の価値を与えているのである。

司馬遼太郎氏がいう『文化のまほろば』としてのみちのくは、伝統的な文化価値と経済的な条件が重なり、新たな血縁・地縁の意味を模索している。

最後に、彼らの田植え小唄を紹介して、私の研究報告を終えたい。

――
京都、金沢質良いけれど、一生連れ添う縁は無し。

   秋田農村貧しいけれど、花笠もって待っとりゃす。




このように、民俗学的見地から見ても、秋田という土地が他の未亡人生息域とは違う意味を内包していることがうかがえる。





さて、以上のことから、未亡人は闇雲に探すより、彼女等が住みやすい、活動しやすい、寄り付きやすい環境をあたる方が効率よく接触できる事を理解していただけたと思う。

ただそれでは、九州にいる、旅費が無いから京都までいけない、金沢を夜逃げしてきたばかりだ、というように悪条件・コンディションの悪さにより三大生息域に行けないという人は、一生未亡人に会えないという極めて寂しい人生を送らなければならないのだろうか。

その打開策として、学会では「即席未亡人」作りの方法論を日夜研究している、つまり中国に行かなくても家庭で即席ラーメンを食べるが如く、生息域に赴かなくても未亡人に会える方法があるのではないか、といったことを研究しているのである。

その成果として、公表できるものから順次発表していきたい。





強奪派による即席未亡人方法…これは当全未連と反目しているタカ派、「強奪派」による、ややもすると犯罪に近い方法である。彼らはホスト崩れや元Jリーガーなど、ある程度顔かたちの整った人間たちをかき集め勢力を強めている急進派で、そんなグループらしいこの方法をまずはじめに紹介するに至ったのは、読者に未亡人というものの魅力や意味を自主的に真摯に考えて欲しいからである。

 さてその方法とは、まず西郷輝彦ばりの良い顔の男が、まだ旦那が生存している奥さんに近づく。
昔バーベル挙げで銀メダルを取った事がある、などの当り障りがない割に凄そうな感じのする話の種を巧みに使い、彼女の心を射止める。そしてわざと彼女の旦那にそのことをバラし、彼を精神的に追い詰め、やがてぼろぼろになった彼を死に至らしめる。そう、こうして彼女は晴れて未亡人になったのである。

 どうだろう? このような方法が許されて良いのだろうか? 全未連では、未亡人嗜好の最も味わうべきものを「旦那を想う気持ち」の揺れ動き、葛藤にあると見ている。つまり実際2人しか居ないこの世界で、
架空の三角関係に揺れる心境こそ、未亡人的葛藤として敬愛するものである。全未連は決してこのような「強奪派」の即席未亡人方を許容したりはしない。



自死派による即席未亡人方法…これはまったく逆のパターンである。彼ら自死派は未亡人を愛するが余り、自分を捨てる覚悟を持った、一種の聖者主義とも受け止められる考え方を持った人々である。

 彼らはまず未婚の女性を結婚する。そして契りを交わすことも無く、自死するのである(この自死を彼らは「
未来への渇望」と称している。死という言葉を避けることで、死を選びやすくしているのである。これは自殺テロなどを促す場合も使われることで彼らの指導者はジハード、聖戦と呼び鼓舞する)。そう、つまり彼らは自分が死ぬことで最愛の妻を、最愛の未亡人にすることに歓びを感じる一派なのである。もちろん彼女が未亡人になる歓びを生きて感じることはできないが、それを想像することで大きな満足感を得るのである。

 これもなかなか理解し難い方法であるが、未亡人愛好家の意気込みとして学ぶべきところがある。ちなみに彼らはその他愛主義、自虐思考故に学会からは、「
未亡人愛好家界のジャイナ教徒」と謳われ、精神論的な話しの上では美徳としてよく名前が挙がる。ただし、自死派の人員すべてがその境地まで達する事ができるわけではなく、また自死したと思わせておいて、実際は安く買ったフィリピン国籍などで平気で海外に移り住むものも居ることを明記しておく必要があろう。



全未連…実はまだ研究中であり、きちんとした形のものは発表できずにいる。

自分の娘を未亡人にするという荒業で、お見合い相手に病弱で持病持ちの男を選んだりすれば即席で作れるのではないかという案も当全未連で大きく取りざたされているが、倫理面での調整や、未亡人嗜好プラス我が娘敬愛主義の人間も多い全未連では物議を醸しているところである。

完成次第発表したいと思っているのでご理解願いたい。





なんにせよ、未亡人とは旦那が死んでこそ初めて生まれる存在である。

人の死という大きな動きにこそその価値を高めている大きな要因が隠されている。

その「死」を即席に、簡単に得ようという考え方は、あるいは未亡人嗜好家として良くない発想かもしれない。

ただ、それほどまでに未亡人という偉大な存在に、自身を近づけたい、もっと引き寄せたいという思いがこのような発想へと繋がっていることをご理解いただければ幸いである。

つまり、人類はそこに何も無いことを知っていても、月の表面に立ち、その重力を感じたいと願う生き物なのである。

私を含めすべての未亡人研究かも、そのような人間のサガ故に即席、という方法を考えようとしているのである。

全国未亡人連合-第五章・作法-

さて、社会を遍く覆うあらゆる事物には大抵、ルールやマナーがある

それはひとえに、その事物を円滑に、また効率よく進めるためにある。

例えばサッカーのルールが無かったとする、ボールは手で触り放題、13人でてもおとがめなし、なんてことになったら、収拾つかないだろうし、それはゲームとして成り立たなくなるだろう。

また、学校で意見を言う時「手をあげる」というルールが無かったらどうなるのか、わざわざ手紙を書いたり、皆一斉に「私が、私が」と言い出したら、手間が掛かるしどうまとめれば良いのか判らなくなるだろう。

このようにルールやマナーは一見無意味そうに見えて、実は物事を行う時に無くてはならないものなのである。

ルールやマナーが無い無節操な世界は政界だけである



もちろん未亡人との交際にも作法というものが存在する。

それをおこたる人間に未亡人愛好家を名乗る資格はない。

よってここではその作法について言及していきたいと思う。







出会い

前章でも述べたが、未亡人との出会いの場というのは、ある程度セオリーというものがある。

ここではまず、一般的なパターンでの「出会い方」について記す。

未亡人が好むスポットには3つの王道が存在する、それは
木造の屋台舟朱の欄干のあるアーチ橋、そしてである。

屋台舟は観覧用に多くの人が乗船できるタイプの奴で、船頭が棒で漕ぐ舟である







船頭のいない船などは、トゲのないハリネズミみたいなもので、全く腑抜けた代物である。

風流を解する未亡人は、
やはりはっぴにふんどしの船頭が操縦する船に乗るものである。

貴方はジーンズとTシャツ、それからリックという簡単な格好でこの屋台舟に乗ると
13分の1くらいの確率で、船の欄干に片肘をつき、うちわをたおやかに仰ぎながら、ぼんやりと「大」の字を見ている女性がいるはずだ、それが未亡人なので、以降駆け引きの始まりとなる。



さて、船は観覧用なので、基本的には飲食をするためのものではない、よって手に箸やコップを持つことは無い。

そして木造なのでタバコも吸えない、手持ち無沙汰である。

飲食ができれば「
おや、何も食べないで…船酔いですか?」などと話のきっかけができ、タバコがあれば「火をお願いできますか」、などと話の切り口が作れる。

しかし貴方は今、丸腰である、渋谷の道玄坂あたりをうろうろする
風流偏差値の低いアーパーギャルなだまだしも、屋台舟に乗るような風流度・京大級の女性にいきなり交際を迫っても、軽くあしらわれるだけである。

もし本気で未亡人と交際したいと考えている方ならば、ここで「
対未亡人七つ道具」の一つであるスケッチブックをバックから取り出すはずである。

そして未亡人の傍で風景を見ながらさらさらと何か描く。

真剣の表情で何かを描いている貴方に興味を持った未亡人は、向こうから話し掛けてくる、

「何をお描きになられてるの?」

すると貴方は、さも意外なことでびっくりしたという表情で、振り返り、

「あ、いえ、僕、日本中を旅していて、面白いところの絵を描いてるんです」

と答える。

「へえ、面白そう、良かったら見せて」、と未亡人は興味を持ってくる。

「あ、その、構いませんけど…」

と貴方は口篭もりながら、そのスケッチブックを渡す。

あらかじめ尾道や鎌倉などそれっぽい場所の風景をスケッチしているそれを見ながら、へえ、上手ね、面白い、などと評価しながら見ていた未亡人が、あるページでめくるのをやめた。

「これって…、私?」

そう、先ほど貴方は未亡人の後姿をスケッチしておいたのだ

「あ、はい…。その、綺麗な人だなあ、と。そして何かちょっと物悲しい背中だなあと思って…」

「……」

押し黙る未亡人、しばらくの沈黙の後、

「私ね、ちょっと前まで、ある人の奥さんだったの…」

と話し出せば、貴方の勝ちである。



このように
小道具があると、対未亡人戦で大変有効なツールとなる

では朱の欄干があるアーチ橋の上の未亡人と接触する時はどうすればよいのだろう。











橋の上 白い雪と 未亡人

実にはえる光景である。

この情緒はある意味で完全であり、他を寄せ付けない堅固さがある、なかなか部外者が立ち入る隙が無いように見える。

そんな場所に汚いジーンズでのしのし足を踏み入れるのは大変失礼話で、
バナナを握り潰してどろどろになった手のまま握手を求めるようなもので、未亡人も興ざめてしまうだろう。

ここは一つ、長期戦になることも考えた上で、近くの旅館に泊まり、しっかりと浴衣と丹前姿で橋に赴きたいものである。

さて、丹前だけでは手がかじかみ、寒いので両手をすそに入れて、背を丸めながら橋を渡る貴方。

未亡人はぼうと凍った川の先あたりと見ている。

唐傘を握る小さな手は、痛々しいほど白く光っていた。

「お寒くありませんか…? 手、真っ白ですよ」、心配なあなたは、そう声をかける。

「え…?」、急に声をかけられたからか、今まで意識を遮断していたためか、未亡人は驚いて振り返り貴方を見る。

「あ、その、ええ…、大丈夫です」、未亡人は傘を持つ手を変えながら答える。

「でしたら良かった」、貴方はこぎみ良い笑顔を浮かべ、雪がちらつく空を見ながら、「それにしても、この時期の金沢って、ずいぶん寒いんですね」、と言う。

「あら…、土地の人ではなくて?」

「はい、神奈川から来ました」

「あら、懐かしい…」、未亡人は少しだけその唇の緊張を解いた。

「え? 神奈川に住まわれていたのですか…?」、貴方は

「……3年前まで、桜木町に住んでましたから…」、そう答える未亡人の表情が、2ミリ程暗くなった、それを振り払うように、「それにしてもずいぶん遠いところからおいでですね」、と話の流れを変えた。

「あ、はい。未亡人探求の……、じゃなくて全国を旅して回っているんです」

「へえ…、学生さん?」

「いえ、フリーのカメラマンをやっていまして…」、と言いながらあなたは名刺を渡す。

「あら、大変なお仕事ですね」、あやしい人物でない事が分かり、未亡人は少し安心したようだ。

「ところで、ここらへんにおいしい治部煮(神奈川の伝統的な鍋料理・鳥に小麦粉を振って煮た鍋)屋さんがあると伺ったのですが…」、と貴方は本来の目的を思い出し話す。

「あ…、多分あそこの店じゃないから…」、未亡人は未亡人らしく、丁寧にその店の場所を教えてくれた。

「…にありますよ、多分歩いて10分もかからないと思いますよ」。

「有難う御座います」、ふかぶかと頭を下げながら、ふと、といったさりげない口調で、「ところで…、貴女も冷え切ってるようですので…、もし良かったら一緒に温まっていきませんか?」、と誘う。

ちょうど3ヶ月前旦那を亡くし、「精神的に」冷たい川の氷のように張っていた彼女の心は、その一言に緩やかに反応し、優しい氷解とぬくもりに包まれた。

「あ…、もし、お邪魔でないのでしたら…」、彼女の手は、心なしか先ほどの冷たい白から、
兼六園の金糸梅のような朱に変わりつつあるように思えた。



と、貴方の作法如何でこのような流れとなるだろう。

また金沢なら料亭や旅館に嫁いだ未亡人も存在するだろうから、「ここら変においしい料理をだすところがあると聞いたのですが」、と漠然と尋ねた方が、「あら、おいしいかどうかは分かりませんが、うちでお出ししている越前蟹はいらっしゃるお客さん皆に好評ですよ(余談だが、越前蟹は取れる産地で名称が変わってくる。一般にはずわい蟹、山陰地方で取れたものは松葉蟹、北陸なら越前蟹である。地方によって同じような料理でも名称が変わる場合が多々あるので特に注意したい。一般に「すいとん」と呼ばれるものは、東北ではひっつみ、九州なら団子汁、となる。郷にいれば郷に従え、朱に交われば赤となる、基本は相手のフィールドに合わせるのが、未亡人界だけでなくどの分野においても重要なことといえよう)」。

というような方向に進む場合があるので、その場その場の雰囲気や状況等から読み取り、応用力を利かせ一番良い対応を取っていただきたい。







このように橋の上での対応は、時期柄冬という事もあり、「優しさ」「ぬくもり」を前面に出したものにしたい。

さて、もう一つの「
」であるが、これは未亡人学にとって、最高レベルの重要議題であるので、ここでは割愛したい。

また別の章できちんと整理した形で発表したいと考えている所存である。









交際



さて、出会いの段階を経て、実際の交際へと入る。

ただ、これは未亡人の属性・種族によって大きく変わっていくので、なかなか体系立てて紹介しづらい項目ではある。

例えば「
元チーマーの未亡人」ならクラブやディスコで踊り狂うのもまた一興かもしれないが、「元料亭跡取の未亡人」や「農家の子息の未亡人」の場合、ベルファーレに行こう、などと誘った時点で、貴方の敗色は濃厚となる

作法とは、適材適所、元漁師の未亡人なら海をフィールドとして交際を深めるか、逆の(つまり旦那の面影を払拭するための)場所で交際することが好ましいのは自明の理である(ただし、逆といっても先述の「ベルファーレ」というのは間違えである。この場合は「牧場」など、元漁師の未亡人のパーソナリティ、つまり勤労精神や自然・生命に関わる生活、というものを意識した場所を交際場所として選ぶのがベストである。
「逆」というのはつながりがあるからこそ「逆」なのである、全く関係ないものを「逆」とは呼ばない。「青」と「赤」は「逆」だが、色という意味では同一である、「青」と「納豆」は逆でさえない。元漁師の未亡人をベルファーレに連れて行こうなどという輩は一度このことをしっかり学んでもらいたいものである)。



そういう意味で、2章で述べた、未亡人の種族とその生態系を理解した上で、その場その場の判断が大事となる。

ただ、こう書くと学術としてはずいぶん投げやりなので、一つのパターンを紹介しておく。

以下のパターンは大体どの未亡人にも適応されるので、対処方法がまったく思いつかない方は参考にするとよいだろう。





あれやこれやの馴れ初めで、未亡人と交際をはじめた貴方。

しかし未亡人はやはり旦那のことが気になってか、あまり浮かない顔つきの日々が続く。

そこで貴方は、「ねえ、ちょっと出かけようか」と彼女の手を引き、外へ連れて行く。







近所の河原の土手、澄み切った青空、穏やかに流れる川、土手沿いのグランドで野球をする少年達。

すべてが平和で、のどかな昼下がりだった。

未亡人ははじめきょとんとした顔つきだったが、徐々に相好を崩していった。

「そうね、たまにはお日様に当たらなきゃね」。

「そうだよ、遊園地とかウィンドショッピングも良いけど、こういった場所でひなたぼっこするのが、本当は一番なんだよ」、貴方は優しく、未亡人の手を引きながら答える。

それから土手沿いを散歩しながら、取り留めの話をした、音楽のこと、最近の流行について、最近できた共通の知人について、なんでもない時間が、柔らかく二人を包んだ。

そのとき――

「すいませ~ん」、という声が聞こえた、なんだろう?貴方が声の聞こえた方に顔を向けると、白い野球のボールが転がってきた。

「取ってもらえますか~」、少年がよく響く元気の良い声で叫んでいる。

貴方は腕を回しながら、よおし、とボールを握り、向こうへ思いっきり投げた。

ちょっと力が入れすぎたため、少年のちょっと向こうまで飛んでいってしまったが、少年は「ありがとうございま~す」と帽子をぬいで丁寧にお礼を言った。

「へえ、ずいぶんきちんとした子だなあ」、貴方は手を振って答えながら言った。

「ええ、いい子ねえ」、未亡人は少しだけ寂しそうな、羨ましそうな表情を浮かべながら、それでもうれしそうに言った、「それにしてもずいぶん力、強いのね」。

未亡人に誉められ、頭をかきながら照れ隠くしで、

「いやあ、運動不足だから、ちょっと脇が痛いかな」、と大げさにおどけて見せた。

くすくすと笑いながら、彼女はふと貴方の足元を見て、

「あ、動いちゃ駄目」、と言った。

「え?」、と驚き、足を上げ、一歩さがった。

「どうしたの?」

貴方が尋ねると、彼女はしゃがみこみ、地面を見つめ、指差した、

「これ」。

それはオオハコベの花だった、小さく、目立たないけれど、ささやかに生を営むオオハコベ。

オオハコベ…、ナデシコ科の植物か…、
ヤマトナデシコ…、と自分の趣味的なことを妄想している貴方の顔を見ながら未亡人は言った、

「たとえ小さくて、目立たなくて、地味な花でも…、一生懸命咲いてるんだもんね。守ってあげなきゃ、ね」。

それは何だか、彼女の状況に似ているように思えた。

じっとオオハコベを見ている彼女の肩にそっと手を添えながら言った、「そうだね」。

見上げる彼女の顔は、数時間前よりずっと和らいで見えた。

その顔は、とても綺麗で、柔らかで、小さな笑顔を浮かべている。





というのが一つのパターンである。

未亡人はその性質上、男性との交流に手馴れている種族が多い。

よって、基本的な
交流促進の場(一般に言うデートスポット)は、見た感じの派手さやとってつけたような面白い場所というのは、想像以上に効果がない。

むしろ貴方の人間性を見せられる場所、というものを考慮したい。

未亡人は「長い交際」というものに憧れているのである、一瞬一瞬が楽しいものよりも、この人となら末永く歩きつづけられる…、と思わせる事が最重要である(未亡人は、例えるなら「水」である。若いギャルは「火」のような、激しく燃え、派手なのだが、冷めやすく立ち消えやすい性質がある。未亡人は初めは小さな一滴でも、だんだんと大きな流れとなり、とうとうと流れる川となる、とか、弱い力も長く続けば石おも穿つ、という精神構造を持つ。
未亡人は持久戦だ、とさる実験・行動派的未亡人心理学者が言った言葉がまさにそれを物語っている)。

交流促進の場には、注意を払っても払いすぎることはない、といわれるゆえんはそこにある。

もちろんこのパターンがいつでも通じるわけではない、川で溺れている老人を救おうと飛び込み、死んでしまった夫を持つ未亡人にとっては土手は鬼門である。

やはり柔軟な対応能力こそ、交際を上手く勧めていくコツといえよう。







契り



交際も順調に段階を経て、いよいよ契りである。

ここで間違った作法をすると、今までの苦労は水の泡になってしまうので、注意が必要である。



契りは、未亡人愛好家にとっては、基本的に「
精神的な」契りを意味する。

故にどの段階で「契り」となるのかは、個人の考え方によって左右する。

味噌汁に大根が入るようになると「契った」と感じる研究家もいれば、手を触れたとき一瞬硬直するような事が無くなった「契った」と称する研究家もいる。

それは千差万別で、「
姓を変えないか?」という問いかけに静に頷いた時が契りだ、と具体的な「表出」を求める人もいるだろうから、一概にこれが精神的な契りだ、とはいえない。



ただ、精神的にはこれだけ様々な形態をもつ「契り」も、身体的な意味になると実に単純である。

当学会は健全な青少年にも勧められる未亡人学を目指しているので、細かい表現は避けなければならない。

ただ一ついえることは、未亡人学全体を覆う、「
侘・寂・雅」というもの大事にしなければならないという点である。

申し訳ないが、
場末のけばけばしいピンク色の連れ込み宿・温泉マークで「契り」を行おうなどという方は、少し金沢の雪にでも埋もれて頭を冷やしてほしい。







未亡人との「契り」はやはり綺麗な三日月の夜、清楚な旅館で、と言うのが最良ではなかろうか。

和に始まり、和に終る、この精神を守っていきたいものだ。







挨拶



挨拶とは何か? これは
未亡人が元旦那方へ挨拶に行くことである。

しかも唯の挨拶ではない、「姓を変える」ことを告げに行く挨拶である。

当然なかなか気の重たい話題である、様々な感情などが交錯した場となること請け合いである。

ここは一つ、貴方は関与せず、未亡人にそのすべてを任せるのが良いと思われる。

貴方にとって、重要な話題ではあっても、未亡人の旦那の親御さんとは全くの他人なのだから。





――明子は少し重い気持ちを引きずりながら、元の夫の実家を訪ねた。

手紙でもよかった、電話ならもっと気楽に話せたかもしれない。

しかし彼女は、姓を変える日が来たことを、直接お義父さんに告げたかった。

それが、愛した夫への、元夫への、想いを振り切るための方法だと思えてならなかったからだ。

しんと静まる玄関を上がり、慣れ親しんだ廊下を抜け、広縁のある座敷に入った。

縁側に、お義父さんが座っていた、数年前よりずっと背中が小さくなったな、明子はそう思った。







義父より少し離れた場所で、静かに腰をおろした。

沈黙が流れた、明子も、義父もただ黙っていた。

西の山端に差し掛かかった夕日が、明子の睫を赤く染めた。

昔、こんな光景を見た事がある、いつだっただろう。

程なく思い出した、それは明子の本当の父親に、結婚を承諾してもらうために実家に帰った日の光景と同じだった。

今と同じように、父親が縁側に座り、綺麗な夕日が父の向こう側で揺らいでいた。

唯一つ違うのは、明子の隣りに、孝雄が座ってないことだけだった。

前夫の、孝雄は、たどたどしい口調で、私の父親に、一生懸命話した、どんなに私を愛し、幸せにできるか、長く、長く幸せにし続けられるかを…。

涙が溢れた、夕日に照らされた赤い頬に、とめどなく涙があふれた。

私は幸せだった、長くは無かったけれど、本当に、幸せだった、明子は孝雄と共に過した日々の断片が次々と思い出され、頭の中を駆け巡った。

私は本当に孝雄さんのことを愛していた、本当に幸せだった、でも、今、私は……。

その時突然、義父がぽつりとつぶやいた。

「もう4年になるのかな」。

孝雄が、不慮の事故に巻き込まれ、此の世を去ってからもう4年も経過していた。

「本当に、馬鹿な息子だよ。綺麗なお嫁さんを置いて、親より早く、向こうにいっちまうなんて…」

明子は黙っていた。

義父は重そうに腰をあげ、庭に植えられた一本の木の前に立った。

そしていとおしそうに木肌を撫でた、

「これはね、孝雄が生まれた時に、記念に植えた木でね」、義父はもうずいぶんと立派になった木を見上げた、「ずっと孝雄と一緒に成長してきたんだよ。あいつもな、大層可愛がってたよ、毎日水をあげ、毛虫を取り、木登りしてたよ」。

明子は涙に濡れた顔を上げ、木を見つめた、孝雄さんと一緒に育った木、孝雄さんの木。

「明子さん、あんたにはずいぶん苦労をかけたね」、義父は明子の目を見つめ、優しく言った、「これからの人生を、幸せにね」。

義父はすべて知っていたのだ、明子は手をつき、深々と頭をさげた、畳が濡れ幾つかのしみができた。

「孝雄はいつでもここにいるよ。寂しくなったら、いつでもおいで。ここは、いつまでも、明子さんの家だから」、そう言う義父の表情は穏やかで、何か重荷を下ろしたような安堵の笑顔に包まれていた――。





この形以外に考えられない。

これが最良のパターンである、貴方もぜひこれができるような、よき未亡人を見つけていただきたい。







さて、長々と「作法」についてのべてきたが、総括して言えることは、「
いそがば回れ」ということである。

未亡人との交際は、普通の恋愛とはおもむきが違う、それはただ相手を振り向かせるだけでなく、元の旦那への愛情も(ある程度)振り払えさせられなければいけないのである。

これはベクトル値で言えば、普通の恋愛より二倍、あるいはそれ以上の困難が待ち受けていることを意味している。

この長丁場を成功に導くには、基本的な作法をきっちりと学んだ上で、手堅く、地道に、未亡人道を極めていただきたい。



なお、作法には「
別れ」というものも含まれる、いつも未亡人との仲は上手く行くとは限らない。

不可抗力や周りとの調和により、やむなく別れが訪れる場合もある。

ただ5章では、成功までの充筋を追ってきたので、本項の趣旨と外れると考え、割愛させていただいた。

別の機会があれば、「別れ」についても言及したいと思っている次第である。

全国未亡人連合-画廊・空へ-

(解説)夏、僕は未亡人と向日葵の咲く岡を歩いていた。

夏はあまりに熱を帯び、向日葵の黄をより艶やかに照らし出していた。

丘陵がぼやけて見えた、僕はずいぶん、遠くに来たんだと、実感した。

ねえ、こっちよ。未亡人が呼んでいる。振り向くと、彼女は跳ね水のように軽やかに花の中を舞っていた。

それは少女のようであり、幼き日に残した僅かな記憶を呼び覚ましているようにも見えた。

未亡人は跳ねながら、笑顔で言った、

「ねえ、私はまだ、飛べるはずよね。きっと・・・」

それが何を意味しているかは分からなかった。ただ彼女を見ていると、そのまま飛びたてるかもしれない、そんな気がした。

全国未亡人連合-画廊・月夜-


(解説)「あの人は、夜空を見上げるのが好きでした・・・」、彼女は浄化槽の上に座り、月を見上げていた。

宇宙飛行士の旦那は、昔から夜空を見上げるのが好きだったらしい。その趣味がこうじて宇宙飛行士になった。

しかしNASAのとある計画に参加し、月面に降り立った彼を、エンジントラブルを起こしたロケットは、無常にも勝手に発進。彼は帰らぬ人になった。

「でもね」、未亡人は言った、「それでもこんな夜は、月を見てしまうの」。たぶん、彼女は彼の生還を信じているのだろう。そんな彼女を見ていると、僕は思わず月を嫉妬してしまう。そこだけに、彼女の場所があるのだから――。

全国未亡人連合-画廊・打ち水-

(解説)僕はその街を歩いていたのは、偶然のことだった。適当に買った切符の行き先が、その街だったというだけだ。

見慣れる街の見慣れる光景を、不器用に歩く。空は高く、大地は熱かった。

その時、僕の足に何かがかかった。と同時に女性の声が飛んできた。

「あ、ごめんなさい・・・。水、かかっちゃいました?」。

声を聞いただけでわかった、それは女性のもので、本当に申し訳ないという気持ちが篭っていた、そして間違いなく未亡人だとわかった。

「あの・・・もしよろしければうちに上がってください。乾かしますから・・」

そうして僕の、この街での生活が始まった。

全国未亡人連合-画廊・My bony-

(解説)海を見つめる未亡人。その手にかもめが飛んできた。

しばらくかもめを見つめる未亡人。まるで亡き旦那の生まれ変わりであるかのように、慈しみに満ちた視線だった。

「ねえ」、彼女はぼんやりした口調で言った、「私のあの人は、今どこなの?」。

彼女はまだ信じているのだ、マグロ漁船に乗り、出向し、マラリア沖で消息を絶った、旦那の生を。

かもめは不思議そうな顔をしたあと、飛んでいった、遙か水平線へと。彼女はその姿を、いつまでも、いつまでも追っていた。

全国未亡人連合-画廊・花火-

(解説)濡れ縁に腰掛け、未亡人は暮れなずむ風景を虚ろに眺めていた。遠く、遙に消えた影を探すように、彼女は鈍い光を持った目で、ただ一点を眺めていた。

「花火、しませんか?」

突然彼女は言った。僕の返事を待たずに、広縁に向かい、線香花火を手に戻ってきた。

ライターで蝋燭に火をともしてあげると、彼女はいとおしそうに線香花火を束から一本抜き取り、火をつけた。

小さな光が、生まれたての闇を穏やかに照らした。つかの間の静寂が、線香花火の灯を一層華やかにした。

刹那、玉となった花火は、地面に落ちた。

沈黙が流れた、静寂とは違う、どこか沈んだ空気を含んだ闇が庭に覆っていた。

「花火って、いつか消えちゃうから、キレイでいられるんですよね・・・」

どれくらい時間がたっただろう、彼女はぽつりと言った。

永久に動き出さない時間を背負わされた、彼女の痛みが嫌でも僕に伝わってきた。それは夏の終わりの闇だった。

そしてやっとフォトショットで絵を描くのに慣れてきた・・・。

全国未亡人連合-画廊・雨-

(解説)未亡人の体が冷たいのは、雨のせいだろうか。僕は小刻みに震える小さな肩を、壊れないように慎重に、包んだ。

秋雨が掠める秋の夜は、静かな広がりを見せ、僕等を囲んでいた。

濡れたシャツに取りすがる彼女の手は、あまりに弱弱しく、儚かった。まるで闇の中で見つけた最期の灯に取りすがっているようにもみえた。

「お願い・・・あと一分でいいから、そばにいて・・・」

その時、彼女はつぶやいた。独り言かもしれない、あまりに小さなその声は、すぐそばで嘶く雨脚にさらわれた。

あと一分。彼女はそういった。

僕は聞き返したかった、本当に、あと一分でいいのか? 僕を、ずっと必要とはしてくれないのか?

秋の夜はあまりに冷たく、長かった。静寂の中、僕は彼女の願いが変わることを祈っていた。

全国未亡人連合-画廊・冬の散歩道-




(解説)旦那がいなくても腹は減る。未亡人とて食欲はある。

その日、僕は未亡人に誘われ一緒に散歩をしていた。

冬の光景は柔らかな白に溢れ、様々な感情や想いを

風景に溶かし、冬はその白さをより際立たせていた。


あるコンビニの前、彼女は立ち止まった。

「ねえ、ちょっとおなかすいてない?」

少し恥ずかしげに僕の眼を覗き込んできた。

特に腹が減ったわけではないが、そこは男として、

ちょっと何か食べたいね、と気をつかった。


彼女はうれしそうにコンビニに駆けて行き、

湯気のたった袋を抱えてでてきた。

「肉まん買っちゃった」、うれしそうに微笑んだ。


金木犀の垣根道、僕等はまだ湯気立つ肉まんを

食べながら歩いた。

「冬の散歩の楽しみって、こういうのなんだよね~」

彼女はもごもごと笑った。


僕にとっては、上気だった彼女の顔を見るほうが、

ずっと大きな歓びに、思えた。

全国未亡人連合-画廊・辻斬り-



「宵闇に、紛れる影は鷹か辻か。



人馳せぬ闇に溶けいる剣客に、

向かうわが兄(せ)の背に見揺る

翳りは今生の別れと見えにけり」



節子は不安だった、辻斬りを捕まえるために

出かけた与力の夫に、万一のことがあったら・・・。



二刻ほどたったとき、いてもたっても入られず、

合口を袂にいれ、表にでて街を駆け出した。



暗い夜道、月の光に照らされる武家屋敷の塀は

死人の肌のようにただ白かった。

嫌な予感は一層高まった。



どのくらい走っただろうか、街外れの角路に

人影を見た、夫と、辻斬りだった。



夫は刀を杖のように大地にさし、息も絶え絶えだった

辻斬りはそんな夫にとどめを刺さんと、刀を上段に構えていた。



「あなた!」節子は叫んだ

「お節! 寄るな! 逃げるんだ」夫は弱弱しい声で言った。

そんな夫の背に向け、辻斬りは無常の刃を振るった。



崩れ落ちる夫に取りすがろうと脚を踏み出したとき、

辻斬りは節子の前の空間に向け刃を振るった、

刀に付着した、まだ生暖かい夫の血が節子の顔についた。

凍りついたように、脚が棒のようになり立ちすくんだ。

このとき初めて恐怖が体を駆け巡った。



「女までは切らぬ」そう言い、辻斬りは刀を納め、立ち去っていった。

どのくらい刻がたち、月が西に傾いただろうか。

節子はただぼんやりと夫のなきがらを眺めていた。



「ねえ、あなた。私を置いて、逝く気なのですか?」

誰に向けて言っているのだろうか、ぼんやりとそうつぶやき、初めて涙が流れてきた。



喪に服している間、辻斬りがこの街から姿を消し、

ふらりと別の街に移ったという話を耳にした。

喪が明けるとすぐ、節子は旅に出た、もちろん、あの男を捜すための旅に――



そのときの節子に、まだ知る由もなかった、5年後恋に落ち、

再婚することとなった旦那こそが、あの辻斬りであることを――。

全国未亡人連合-画廊・ある朝-

僕はその日、早起きをした。

別に早く起きる理由なんて無かった、ただ単に、目がさめ、それ以上眠りにつく必要が無かっただけだ。

ここは旧家の母屋だった、旅先で偶然知り合った女性の家に泊めてもらったのだ。

もちろん、旅先で偶然見ず知らずの男を泊めるような女性であるから、未亡人だった。

その未亡人の好意に計らい、この家で一泊させてもらった、ただ長居する気はなかった、別に居心地が悪いわけでも、何か嫌な事が合ったわけでもない、あてのない放浪の旅に「あて」を作るのを望まないだけだった。

僕はとりあえず顔を洗おうと、水場を探した、しかしここは母屋の為か水が出そうな場所はなかった。

そこで主屋の方に向かった。

古い建物である、昔ながらの日本家屋だったが、庭の剪定から壁や柱の修繕まで、全く文句のつけようの無い完全さがそこにはあった。それは、見ていてなかなか気持ちのよいものだった。ある種の完全さは、時に人を落ち着かせ、柔らかい安定へと導く、この家が建てられてどのくらいの日を見たのかはわからない、ただここにある全てが古い時間のまま、すべてを安定させ、変化を許さない完全さで覆われていることを、僕は理解した。そしてそれは、彼女を時として束縛しているのかもしれない、ぼんやりそんなことを考えた。

僕は台所と風呂場と思しき家屋の戸を見つけた。なぜそれが台所と風呂場と判断できたのか、理由は二つある。昔の家屋の作りは、木造建築は痛み易いので水周りは隣接させ一箇所の、しかも建物とは別棟で作られる場合が多かった(修繕する時便利だから)というのがひとつと、井戸が外にある場合、風呂場の水を張ったり多く水を使う炊事の時等は何度も水を汲む必要があったので、大体は水場の棟には勝手口がついているものであるというのが理由である。

勝手口の握りに手をあて、強く引いてみた、鍵はかかっていなかった。

あまり音を立てないように中にはいると、そこに未亡人がいた。

白襦袢をたくし上げ、長い髪を丁寧に漉いていた。

どうやら台所で髪を洗っているらしかった、そうか、昨日は夜遅かったからお風呂に入れなかったのか。

旧家の風呂だから、薪焚きのため、朝シャワーを浴びるなどという都会暮らしの女性のようなことは出来ない、そこで嗜みのために、台所で髪を洗っていたのだろう。

僕は、そんな光景を、なんだか昔なくした自分の記憶を題材にした活動写真を見るように、ぼうとみつめた。

ここの時間は、本当に止まっているんだ。

「? 何をそんなに真剣に見つめているの?」、彼女は不思議そうに僕を見た。

「あ、いや。なんだか、昔こんな光景を見たような気がするなあ、って」、僕は正直な感想を言った。

彼女はくすりと笑い、タオルで髪を拭きながら、

「それ、既視感っていうのよ」、と言った。

既視感、デジャブ、確かにそうかもしれない、僕ははるか昔、あるいはまだ生まれていない太古の時間の中で、こんな光景をみていたのかもしれない、それはあまりに安定し、穏やかで、僕の根幹と繋がっていた。

知りたい、この時間の中で、もっと色んなことを明らかにしたい、ふとそう思った。

「ねえ」、彼女が髪を丁寧に結上げている姿を見ながら言った、「もし良かったら、もう少しここに泊めてくれないか?」

彼女は答える代わりに、にっこりと微笑み、頷いた。

そして、まだ少し水気を含んだ髪をさらりとなびかせ、振り向いて言った、

「そうなるって、わかっていたの」。

デジャブ、僕と彼女の時間は、こうしてその始まりを告げた。

全国未亡人連合-画廊・朝霧-


秋田の山間にある村、白神の颪が視界を遮る。

東北の冬は厳しい、特にこのような農業を生業としている人たちは、一層自然の恐持てを知ることとなる。

霜は葉の熱を奪い、命は凍る、細い春への道を人も動物も作物も、肌を寄せ身を固め静に歩んでいくしかない。



そんな東北のこの地に僕が赴くことになったのは、全未連本部からの情報がきっかけだった。

冬は東京の街の熱を少しずつ冷まし、人々に落ち着いた営みを与え一つの年の終わりを告げる合図を送っていた。

そんな時期、僕の元に一通の手紙が届いた、和紙の封書の裏には住所も名前も無く、ただ綺麗な行書体で「全未連」とだけかかれていた。

未亡人研究家である僕は、この連合に属していた。

何か未亡人に関する有効な情報がある時お互いそれを交換し合う事ができる組織というのは、この国にはまだ少ない、全未連はそういう意味では貴重で有効な組織であった。



丁寧に封書を開け、手紙を取り出した。

手紙は白紙だった、しかし僕はピンときてライターで紙をあぶってみた。

案の定、文字が浮き出てきた、これは相当重要な情報らしい。

浮かび上がってきた手紙の文面、それは端的に、そして優雅な一文であった。

「とある農村の旧家で、未亡人が発生したらしい」、その情報を得るが速いか、僕はバックパックを担いで駆け出していた。



ただ、少し後悔はしていた、あの情報だけだと場所が判然としないのだ。未亡人に会えることを信じてずいぶん彷徨った、そして道に迷った。幾つかの森を越え、幾つかの山を越えた、それでも梢を出ることは無かった。バックの中の食料も底をつきかけていた、糒一握りと乾肉一切れ、これだけであとどのくらい生きていけるのだろう。木々の先でうっすら見える朝焼けの空を仰ぎ、溜め息をついた。



・・・・・・・・死ねない、こんなところで僕は死んではいけないんだ。僕が死ねば、僕の死を哀しむ誰かに辛い思いをさせていまう、それでは未亡人を残して死んでいった旦那と同じじゃないか。

そんなこと、許されるはずが無い、僕は、未亡人を見つけなければいけない、そして、彼女を末永く幸せにする必要があるんだ。



そのとき、僕の視界に、一人の女性の姿が現れた。朝霧の向こうにあるその姿は、冬枯れを耐え凌ぐ百合根のように見えた。

僕が近づくと彼女ははっとした表情でこちらを顧みた、目にはうろたえと訝しさの色が見え隠れしていた。

当然である、突然山奥から見たこともない男が出てきたのである、しかも、自分では分からないが何週間も山を彷徨っていたのである、ひどい顔になっているはずだ。



僕はまず彼女を安堵させてあげるために、バッグからカメラを取り出し、説明した、

「僕はフリーのカメラマンをやっているものですが、白神で撮影をしている途中道に迷ってしまったんです」。

それを聞き、彼女は幾分安堵したようで、こわばった表情を緩めた。

「それは大変でしたね、この近くに私の住んでる村があります、よろしければお立ち寄りください」



美人・・・・、山・・・・、村・・・・、僕はぴんときた、彼女が未亡人だ。



高鳴る胸を抑え、落ち着いた口調で聞いてみた、

「そうしていただけると大変助かります。ところでこんな朝早く、何をなさっていたのですか?」

彼女はそれを聞き、すこし顔色を曇らせた。答えるのに躊躇しているようにも見えた。



郭公の鳴き声が聞こえてきた、朝霧の梢に澄んだ声色が響いた。

朝はその静寂を森に横たえ、霧の息吹きに白い冷たさを与えていた。

それは永遠に覚めない夢のようでもあり、またたゆたう古い時の流れのようでもあった。

そして、その朝と同質の何かを彼女が持っていることを、僕は気がついていた。



どのくらい時間が立っただろう、沈黙をうめる彼女の言葉は意外なものだった。

「無駄なことをしていました」

僕は良く分からなかった、無駄なこと、こんな寒い朝に早く起き、やることに無駄なことなんてあるのだろうか?

「無駄なことですか?」

「はい、無駄なことです」、そう答え霧混じる空気を大きく吸った後僕の目を見て言った、「お百度まいりです」。



嗚呼、やはりこの人は未亡人だった、僕は確信した。

そしてそのお百度まいりが、死んだ旦那さんに向けられた、何らかの想いからきていることも理解した。

彼女は、それを無駄な行為と自覚している、それでも止める事の出来ない足と思慕に体を任せ、早朝の「無駄なこと」を欠かさず行っているのだろう。



複雑な思いがした、どう言葉をかけてあげればいいか迷った、そしてどんな言葉も彼女を救えないことも知っていた、今のところは。

そんな僕の迷いを知ってか知らでか、彼女は山を下りる道を歩き出した、僕はそれにならった。

段々と視界が広がっていった、森から抜け出し、遠くに村が見えたあたりで彼女はふと足を止めて、こちらを見て言った、

「忘れられない想いって、あってもよいのでしょうか?」



もちろん、僕はそう言いかけて口をつぐんだ、それは彼女を苦しめている根幹のように思えた、忘れられない想い、それほど深い感情に立ち入ることを許されるのに、人はどれだけ相手を想い慕わなければならないのだろう、その長い時間を、これから始まるであろう時間を思うと、僕の体は朝霧ではない何か別の寒さを覚えた。

僕は答える代わりに、彼女の手を小さく握った、凍結しそうな、冷たい指先だった。

「想いは、温かいから意味があるんです」、それが今の僕にできる、最良の答えだった、熱を与えられない相手への想いに、何の意味があるのだろう?



彼女は目を閉じ、少し口元を緩ませた、

「そうですね。貴方の手は、とても、暖かい」


こうして、僕のこの村での生活は始まった。

全国未亡人連合-画廊・感情の 起きたる荒野の 風の果て-


「夢を見ていました」


緑映える夏の森を、彼女は歩いた。

空を仰げば、柔らかな陽光が枝葉の間隙を縫うようにこぼれている。

大地の褥を這うように、湿り気を帯びた風が、身体を覆う皮膚をなでた。

熱く、そして香るような夏の午後だった。


「夢を見ていたんです」

彼女はもう一度、つぶやいた。

言葉は森の梢を小さく揺らし、静寂と溶け合い、消えた。



*




森の中にひっそりと広がるその墓地で、彼女とであったのはほんの偶然だった。

僕は旅をしていた、薬の行商をする一族に生まれ、その運命と多くの命を救う妙薬を背負い、全国を回っていた。

薬師、古くはそういわれる我々一門も、現代では薬剤師の免許を持っていない不法の薬物売買組織とにらまれている、だからこうして社会の闇に身を潜め、その血に従い必要としている人に秘薬を売っている。



この夏、青森の奥入瀬で古い旅館を営む18代目主人に頼まれ、長女の憑き物を払う妙薬を屈指し怨霊を退治した後、奥州街道を南下し、日光を目指していた。

しかしその道中、山賊(チーマー)に襲われたアジト(廃ビル)に連れて行かれてしまった。

彼らの食事にこっそり仕込んだ禁薬(トリカブト)で難を逃れたが、街道から大きくそれてしまった。


僕は旅で培った方向感覚を屈指し、南と思う方向を目指し、歩き始めた。

そしてたどり着いたのが、この北海道の片隅にある森の、墓地だった。


墓地にも衰退があることを、僕はそこで初めて知った。

その墓地にある墓はみなコケがむし、庭園はうっそうとした雑草に覆われ、卒塔婆から生えた小さな菌類はその宿主を朽ち果てさせていた。

墓場に死がある、不思議な感じだった、「墓の死」はむしろそこにある死の予感を軽減し、光景としてそのレーゾンディーティルを昇華させていた。

それはあまりに主体の無い、完成された客体だった。

「死の退廃」、悪くない、その意味では死というのは厳然たる「生」の延長にあるものかもしれない。

石垣りんの詩を思い出した、「死」は「生」のために用意されたもの――。

命を救う薬師としての自分の存在価値が、すこしだけ煙たく感じた。


その墓場をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。

すると、向こうのほうで、誰かが薄汚れた墓に向かって手を合わせている女性の姿に気がついた、紫の丹前が緑の森と溶け合い、気が付かなかったのだ。

こんな墓地でも、まだ機能しているのか、僕は小さな驚きと、わずかな落胆を覚えた。


すると、遠くで見える女性の像が緩やかに倒れるのが見えた。

慌てて駆け寄った、女性は貧血で倒れてていた。

貧血、というのは「黒餓鬼」という低階層の悪霊が起こす病である、僕は薬筒の中から「黒餓鬼」を払う効果のある、「場婦鈴」という妙薬を取り出し女性に飲ませた。

すると女性の顔色はみるみる回復していった。

「あ・・・」

「お気づきですか? もう大丈夫です」

僕は彼女を抱き起こした。

「すいません、私、脚気が酷くて時々、意識が朦朧とする時があるんです・・・」

(ちなみに、「場婦鈴」は脚気にも効く)


「助けていただいて、ありがとうございます。あの・・・薬師の方ですか?」

女性の言葉に驚いた、なぜ僕を薬師と見破ったのだろうか? まさか敵(日本医学協会)?

僕は懐のトリカブトを握り、慎重にたずねた、

「なぜそれがわかったのですか?」

すると女性はにっこりと笑った、

「未亡人は勘が鋭いものよ」


僕は二重に驚いた、未亡人というにはあまりに女性は若く見えた。

年のころ、20台半ばといったところだろうか、あるいは年よりずいぶん若く見えるだけかもしれない、それだけ彼女ははかなく、頼りなげに見えた。

しかしこんな日に、丹前で墓場に来るなんて、未亡人以外ありえなかった。

なるほど、未亡人ならば納得だ、ほっと胸をなでおろした。

未亡人は万能人間である、僕の仕事くらい顔を見ればすぐにわかって当然である。


「旦那さんの、墓ですか?」

彼女が先刻まで手を合わせていたであろう墓を見ながら、そう言った。

「いいえ、違います」

彼女は答えた、本当に僕を驚かせてくれる女性である。

「旦那さんでもない人の墓参りに来ていたのですか?」

彼女は目の前の墓を見た、

「私の夫に、墓はないんです。いえ、作れないんです」

そう言い、僕を見つめた、澄んだ、あまりににごりの無い目だった、

「夫は、薬師でしたから」


なるほど、僕はやっと理解した。

薬師は時代の陰で生きる一族、その生も死も社会的に容認されたものではないのである。

出生届も出されなければ、死亡届もない、だから墓を作る意味もない、のたれ死んだところが墓なのだ。


「夫は、敵に囲まれた時、禁薬を飲んで、立派に果てたと聞いております」

彼女は空を見上げた、そこにある一片の雲に何らかの思いをのせているように見えた。

「せめて、誰からも祈られることの無い骸が眠る墓を借りて、亡き夫への哀悼を致したく、ここに足を運んでるんです」

そう、薬師はたとえ闇に生きる種族だとしても、それを待つ人はいるのである、誰からも許されることの無い「生」と「死」を認めてくれる、待人がいる、彼女はそんな悲しい、薬師の妻なのである。



僕はしゃがみ、その墓に向かい手を合わせた、いずことも知らぬ骸と魂に祈りを込めた。

僕に習い、彼女ももう一度、その墓に手を合わせた、朽ち果てた墓場の、死んだ墓向かって。


お礼に、うちでお茶でも飲んでいってください。

彼女の誘いを断る理由もなかった、そうして僕らは森の道へと引き返した。


*




「夢を見ていたんです」

彼女の言葉は、蒸した空気でさえその領域を侵すことの出来ない、凍りついた表土から沸いた霜のように、悲しい透徹さに満ちていた。

「夫と、誰からも祝福されるような、ささやかな毎日。誰からも悲しまれるその死、そういった、あたりまえの生活を、夢見ていたんです」。

それは薬師に恋し、ひとつになった女性の、悲しい夢だった。


「でも、旦那さんのことを、愛していたわけですよね。お墓に、通いつづけているくらいだから」

僕は歩きながら彼女に尋ねた、それは僕自身のための質問でもあった。

たとえ闇に生きる人間であっても、誰かからは愛され、必要とされ、望まれている、誰かに望まれているかぎり、僕ら一門は人としてその生を幸福なものとしてまっとうできる、そう信じたかった。

しかし彼女の答えは、違った、


「わからないの。それが、本当の愛だったのか、もう、わからないの」。

彼女は歩を止めた、一歩後ろを歩く僕を振り返り見ることも無く、地面に向かって吐くようにそう言った。

先ほどまでの穏やかで、静かだった彼女の背中が小刻みに震えていた。


「ねえ、私達、誰からも祝福されなかったのよ。一緒になる前から、なった時も、なった後も、誰一人として私達の関係を認めてくれる人はいなかった。

誰からも、夫が死んだことに対して、慰めや励ましを受けなかったわ。

あれだけ人を助け、人を救うために北から南まで休むことなく歩きつづけ、死んだのよ。それなのに・・・。

一緒に暮らした時間だって、ほとんどなかった。

もちろん、あの人のことは好きでした、好きだから、一緒になったの。

でも誰からも認知されない想いだったのよ。誰一人として・・・」。

いつのまにか、彼女は泣いていた、たまっていた感情を吐露するかのように、激しい言葉を口にした。


「ねえ、それは、そんなのは、愛と呼べるの? そんな間柄を生むのが、愛なのですか?」


僕は何も答えられなかった。

彼女が、夢と言った意味が、少し理解できた。

それはリアリティのない空想だった。

薬師を夫とした瞬間、捨てられてしまった日常が、彼女の夢だった。

僕の一族は、そんな悲しい犠牲の上で、その血を引き継いできた。

そしていずれ、僕も、そんな悲劇の輪廻の中で、繰り返される犠牲の螺旋でその血を延命させるのだろうか。



*




僕は空を見上げた、そこに夏はあった。

夏は不完全な熱さを森に与え、僕らが生きる空間を侵すことなくその蒸気を空へと返していた。


自分の血をのろったことはない、ただ、その陰惨な流れに否定しようの無いむなしさを感じた。

彼女のすすり泣く声は、季節の間隙に吸い込まれ、やがては消えていくのだろう、それは足跡を残さない僕らのように、ただ予感だけを残しながら、霧散する。

ただ、それだけなんだ。


その時の僕に知る由はなかった、

彼女は、僕自身が生み出した、母の亡霊であることを。

僕がいつのまにか感じていた虚ろな予感が、母の霊となり、僕に語りかけてきたことを。


僕の25度目の夏は、僕と僕自身の血への疑問との旅になった――。

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