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バイク・旅 アーカイブ

2007年04月15日

銚子

魚屋

なんか金曜日、12時くらいに横になって本を読んでいたらいつの間にか寝てしまい、土曜だというのに朝6時に目を覚ましてしまった鷲野です、こんばんは。
毎日5、6時間くらいの睡眠時間のため、早く寝たら早く起きちゃうんですね、習慣とは恐ろしいものです。

で、まあせっかく早起きしたので、と洗濯し布団を干した後、バイクで魚の街・銚子まで行ってきました。
京葉口から京葉道路に乗って成田で降り、田舎道をとろとろと東へ。

土

苗を植え付ける時期。
かえされたばかりの田畑から、冬を越えた真新しい土の香りが、ヘルメット越しに鼻を抜けていきます。

若菜

畑の傍らには春の若菜が咲き乱れています。
若菜といえば百人一首にもなっている、古今集の有名な和歌がありますね。

「君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ」

若菜――。
つまり酒井若菜のことですが、その若菜を「つむ」とはどういう意味でしょうか?
酒井若菜の芸能人としての可能性をつむ、ということでしょうか。

それとも何かスキャンダラスなイメージでしょうか。
「酒井若菜、敏腕プロデューサーにつまれる~テレビ業界・夜の情事~」
みたいなことかもしれません。

いったい「若菜つむ」とは何を意味するのか。
無論、1000年以上も前の日本人が、何を考え酒井若菜をつもうとしていたかなんて知る由もありません。
一度、歴史の研究家たちに聞いてみたいものです。

そんなことを考えているうちに銚子に到着。
適当な食事どころで昼食。

店

「海ぼうず」という店に入ったのですが、なんで海ぼうずなんて店名なのかなあ、なんて思いながらカウンターに座り厨房を除のぞいてみると、見事に刈り上げた、ぼうず頭の店主が見えました。
海の近くのお店でぼうず頭の店主かあ、ふうん。
にしても、ほんと、何で海ぼうずなんて店名なのだろう? 不思議です。

料理

ちなみに頼んだのは、「油ぼうずの煮付けと刺身定食(1,600円)」というやつです、どこまでもぼうずで攻めてくる店です。
「油ぼうず」とは聞きなれない魚の名前ですが、どうやらタラの仲間のようです。
味はムツやアラに似ていて、白身なのにかなりねっとりこってり、コクのある味わいです。
おいしいのですが食べ過ぎると胃にもたれそうな魚でした。

その後ぶらぶら市場を巡ったり、犬吠岬を回ったりして写真をパシャリパシャリ。
市場では魚屋さんが魚を買わせようと声をかけてきました。
そこで僕は買う意思がないことを伝えると、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと店の奥へと帰っていきました。
言葉とは、時に人の心を傷つけてしまうものなのです。

ところで写真を撮っていて思ったのですが、海には色んな思わせぶりな「背中」があります。

背中1

背中2

背中3

海は広く遠くへひろがっているため、人々の視線は自然と遠く淡くなります。
どこを見るともなくぼうとたたずむ人々の背中は、余計な意味や意義の抜けた、「良い背中」に見えます。
日ごろ、視線の近い世界に生きていると、こういう「良い背中」に会うことはできません。

あるいは周りの人から見ると、僕もまた風景に溶け込む「良い背中」に見えるのかもしれませんね。
でも注意していただきたいものです、僕のようなスナイパーになると、背中に立たれると、反射的に殴ってしまいます。
危ないですね、大変ですね。
なので僕の背後に近づきたい人は、「オレは敵じゃなーい、危なくなーい」と叫びながら近づいてください。
そうすると僕はすっかり安心して、無防備になります。
駄目な27歳ですね、ほんと。

そんなわけで、酒井若菜と背中について考えた銚子行でした。
家に帰って気がついたのですが、半そででバイクになっていたのですが、すっかり日に焼けてしまいました。
今日はずいぶん陽気でしたからねえ、確か25度くらいあったとかなんとか。
30目前なんだから、もうちっと紫外線に気を使う人生を送りたいものです。

せんべい

そういえば銚子といえば、ちょっと前に「銚子電鉄を救おう」とかなんとかで、濡れせんべいがはやりましたが、せっかくなので買ってきました。
が、ネットで調べてみたらこれ、銚子電鉄とは関係ないせんべいだったみたいですね。
困ったものです。
何が困ったかというと、布団を干して家をでたのですが、風で枕カバーが吹き飛んでいたことです。
拾った人はメールください。
アドレスはinfo@w-room.netまで。

2007年05月13日

秩父

秩父

「エロマンガ島」に比肩する、言いにくい地理用語「乳撫秩父」。
なぜ言いにくいか判らない人は、ママのお乳でも吸って出直してくださいね。

そんなわけで、思春期の方々は、その用語を頭に思い浮かべてはもやもやする「秩父」ですが、昨日バイクでぶらりと行ってきました。
(といいますか、実は長野まで行く予定だったのですが……。高速の案内標識に「佐久で事故・通行止め」と表示されており、面倒になり途中の秩父で降りただけなのですが)。

平井大橋から中央環状線にのり、外環道経由で関越に。
こうさらりと書くと「なんて高速になれたバイカーなのだろう!」と思われるかもしれませんが、首都高のるの2回目です、超ビギナーです。
ネットで何度ものり口と経路を確認し、復唱し、どきどきしながら走りました、かっこつけてすいません。

にしても首都高って、乗り口の進行方向が片方しかなく、「ちゃんと環状線のれたな、しめしめ」なんて思っていたら、目的地の間逆を進んでいた、なんてことも起こりえるため、イマイチのりたくないんですね、田舎モノなので。
でも確かにのってみると楽なんですよね、いつも下の道で何十分もかかる場所でもあっという間につきます。
バイクだろうがなんだろうが1区間700円という料金設定には納得いきませんが……。

そんなわけで、とろとろとバイクを走らせていると、小2時間くらいで秩父に到着。

秩父遠景

いいですねえ、どこもかしこも山・緑・山です。
秩父の市街地はともかく、山のほうに行くと人もクルマもほとんど見かけません。
思わず「やっほー」と叫ぶと、こだまは返ってきませんでしたが、いい年こいてそんなことを言っている自分に恥ずかしくなりました、死にたい。

寺院

「札所」というと四国の八十八箇所が有名ですが、秩父にも「三十四観音」という巡礼道があります。
上の写真はその1番目の札所、四萬部寺です。

お地蔵さん

境内にはたくさんのお地蔵さんが祭られています。
碑文を読むと、戦没者を慰霊するためのものだそうです。
戦没者、というと最近は何か政治の駆け引きに使われるカードのように見られがちですが、そもそもは(そもそもはという言い方も悲しいですが)ひとつひとつの悲しい死のはずです。

戦没者というと、石垣りんの文章を思い出します。
下記は一部抜粋したものです。

死者の記憶が遠ざかるとき、
同じ速度で、死は私たちに近づく。

(中略)

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

「礼など」思潮社刊

命への感慨って、個々の気持ちの持ちようです。
戦争は政治が起こすものですが、死は人が招き感じるもの。
望まない死は、望む人がいて初めて発生することなのだと、石垣は言いたかったのかもしれませんね。

なんにしても、先の戦争に関わった政治の主体同士が、戦没者の命に関して「政治的に」云々と言い合っているのは悲しいことです。
死はその命を取り巻いていた人々、個々人のものでしょうから。
(そういえば原典は失念してしまいましたが、石垣は別の詩で「死は残された者のものでしかない」ことを、ある種の諦観をもって語っていたような記憶が。石垣の死生観は読みごたえがありますね、今度読み返してみようかな)。

藤の花

寺を出て再び山道へ。
そうそう、今、藤の花が最盛期なんですね。
大分にいる頃は近所のいたるところで咲いていたので気がついたものですが、東京にいるとこういった季節感ってなくなっちゃいますね、ふうむ。

薪

山奥の家々では薪を蓄えているところも良く見かけます。
こういう風景って、いいですよねー。
日本人にはまさに原風景というか、郷愁を感じるのではないでしょうか。

こう、光景が浮かびますよね。
雪深い季節、暖炉に薪をくべるおじいさんとおばあさん。
傍らには都会から遊びにきた孫。
で、この孫はそのまま寝ちゃって、一酸化炭素中毒になって……。
孫の死を嘆く祖母、絶望のあまり自らも暖炉の中へ。
やがてその家(間宮家)は亡霊のでる館、「スウィート・ホーム」として知られることになった。

いやあ、怖い、怖い。
あ、でも昔の木造家屋って、結構すきまが多くて換気されていたらしく、案外大丈夫だそうですね。
都会的な気密性の高い家じゃないと、一酸化炭素中毒とかって問題にならないのかしら?(よくわかりませんが……)


ところでこんな、日本人ならきっと「なつかしいなあ、いい風景だなあ」と思える上のような写真。
ところが1点、イラストを加えるだけであっという間にがっかりな写真になっちゃいます。
たとえば次のようなものです。↓











環境保護団体

ね? がっかりでしょ?


あ、でも最近だと、こういうのもジョーダンではなくなりつつあるのかも。
色々うるさいですからね、自宅でゴミ燃やすくらいのことも駄目らしいですし、薪の暖炉なんかもそのうち環境団体の運動なんかで駄目になっちゃうのかもしれませんね。


にしても、環境保護団体の方々とかって、まあ、有効な部分もあるかと思いますので、関わっていない人間があれこれいうものではないのですが、どうもこう、ニュースとか見ているときな臭い部分が多々あるように感じます。

たとえば一匹の貴重な動物を守るため、ケガした彼らを救助するとかいう理由で森の奥までクルマで突っ走って行くとかって、どうなんでしょう?
もちろん動物たちを守るのは大切なことですが、特定の動物を守ることが自然のバランスを壊すことだってありますし、そもそも道路なんか作るから動物が減ったわけですし……。

だとすると反対すべきは大本の近代文化や便利な生活だったり?
素っ裸で家も家電もスーパーもない生活をし、ビルをぶっ壊して森にするとか。
でも多分、そういうのは現実的に無理、だからできる範囲でやりまひょ、ということなんでしょうね。

ただ、「彼らができる範囲での活動」というものは、「彼らができないと想定しているはずのこと(=現実的に無理。あるいは自分に不利益があること、自分の生活には当てはめられないこと)」と同じように、誰かしらが不利益をこうむることでもあります。
焼畑農業をやっているのに、ダイオキシンがでるし自然保護しなきゃだめなのでやめてくれと言えば、その人も困っちゃうでしょうし。
もちろん、ある観点にたてば、誰かに不利益があってもやるべきことはあるはずです。
ただ、度の過ぎた正義感は、正義感のための正義になり、実の伴わないことにもなりえるように思えたり。

最近では鯨の保護をしすぎたせいで、鯨の頭数が増え、海の生態系のバランスが崩れつつあるのだとか(捕鯨国である日本の独自の調べらしいので、本当に科学的に正しいのかどうかはわかりませんが)。
鯨は哺乳類で人間の仲間だから殺すやつは野蛮だ、と二酸化炭素をまきちらしながら肥える哺乳類・牛のバーガーをかじりつつ訴える人たちって、客観的に見ていかがなものかと思っちゃうのですが、どうなんでしょう(反捕鯨は環境問題としてきちんと考えるべき、というのが最近の主流みたいですが。「日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」という本に詳しいそうで、今度読んでみようかなあ)。

個人的には鯨肉なんて食べないし、愛らしい姿をしているんで鯨君に手ぇ出さなくてもいいんでね? とは思いますが。
でも日本以外でも、小さな島国で捕鯨が主要な産業となっているところもあるそうで、頭ごなしに「捕鯨は悪ですよ、やっちゃうやつはみな悪魔ですよ」なんていわれると、結構かわいそうな気も。

大なり小なり、何かを守るためには何かが犠牲になるもの、本気で動物の保護をしたいならみんなベジタリアンにならなきゃいけないんでしょうし、植物を守りたいなら岩でもかじるしかありません。
無論、みんながみんな、そうできるわきゃないのですが、だからといって限定した範囲内で正義を貫こうとしても、やっぱり困ったことになる人もいるはずです。
落としどころはよく考えたほうがいいように思えます。
山奥の人が暖をとるための薪がダイオキシンと森林伐採を招くとバツが出るような世の中にはならないでほしいものですね。

個人的には環境保護とかって、たとえば漁師さんが小さいものや捕りすぎた魚は海にかえしてあげるとか、日々の生活でリサイクルできるものはリサイクルして、買ったものは腐る前においしくいただきましょ、くらいのニュアンスが一番自然な形に思えるのですが、どうなんでしょう。
権力でも財力でもそうですが、大きな力と思想を持った正義って、ちょっと怖いなあ、と。


ええと、何の話でしたっけ。
ああそうそう、秩父の話でしたね。

遠景

それにしてもいいところです。
緑一色の風景、心がなごみます。
緑一色、つまり役満ですね、心がなごむはずです。

コスプレ団体

おなかがすいたのでそばでも食おうと店の駐車場にバイクをとめると、変な格好をした人々が次から次へと道路を横切る姿を発見。
ざっと列を見る限り、数百人はいる感じです。
なんじゃあれ、と不思議に思い店に入り、お店の人に聞くと、なんか早稲田大学の学生が100キロウォーキングとかいうのをやっていて、その人たちなのだそうです(店にも何人か入って休憩していったそうです)。
ただ歩くだけだと面白くないということでコスプレしているのだとか。
んー、若いっていいなあ。

そば

そういやこういう山の方って、なぜか必ず「10割そば」「手打ちそば」みたいな店がありますよね。
で、大体脱サラをして、夢のそば屋を、みたいな感じで。
いや、おいしいし、山の自然を見ながらメシ食うのは気持ちがいいのですが、なんでそば屋なんでしょう?
ラーメンでもスパゲティでもいいような気がしますが……。
やっぱり「こだわり感」や「都会に疲れた感」「きれいな水で磨かれた感」が脱サラサラリーマンに合うのでしょうか。
セオリーとしてこういうそば屋には糟糠の妻的な人が給仕をしてくれますが、ここも例にもれずそうでした。
んー、この国の1つの形なんでしょうねー、ほんとか?

[追記]「秩父」はちょっとあれな地名、と書きましたが、世界は広いもの、はるか上を行く地名がわんさかありました。
http://ankyo.at.infoseek.co.jp/chinmei.html
しかしこういうとこ、狙って行く人がいるもんなんすね、やっぱ。

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